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「俺、あいつのこと怖かったんだ」
前髪で表情を隠したまま、うつむいた真島は口を開いた。 そっけない部屋の中央、小さなテーブルの上にはコーラの入ったコップがふたつ。クッションも何もない絨毯の上にあぐらをかいて座った兵部は、コップをぴん、と弾いた。 無言で続きを促す。 「あいつはテレパスとサイコメトリーの能力を持っていた。それぞれの超度はそれほど高くないけれど、それでもやっぱりテレパスは便利だろ?強く念じただけで思ったことを相手に伝えられるし、逆に受け取ることもできる。どちらかと言えばあいつは受信の方が力が強かった」 彼の話によって、いまだ兵部の知らない加藤という人物像が浮かび上がる。 両親が離婚し、離れ離れになった姉と高校で再会した彼。ふたりは非常に仲が良かったと言う。 あまり他人との接触を好まない真島に、加藤は人懐っこくくっついてきた。 『君もエスパーなんだ?同じだね』 物おじせずそう話しかけてきた最初の会話は、兵部が転校してきてすぐ真島に言ったせりふと同じだった。 真島にしてみれば、あのときの再現フィルムを見ているようだったと言う。 「何故怖いと思った?」 初めて、兵部が話をさえぎった。 びくりと真島の肩がふるえる。 顔を上げると、穏やかとも冷酷とも言える表情で兵部がじっとこちらを見ていた。 一瞬、本当にこいつは同い年なのだろうかと疑う。 この、ひどく複雑な目の色はこれまで見たことがない。 ぞくりと背筋が寒くなった。 (俺はこいつのこと誤解していたのかもしれない) 乾いた唇を湿らせるように舐めて、努めて何でもないようは顔を作った。 「あいつは何でも知ってるんだよ。俺の知らないことも、知っていることはもっと深く。こうして欲しいと思ったことは全部先回りでやってくれるし、いつも俺の心を読んでいるみたいだった。俺は心をガードする方法なんて知らないし、いつも筒抜けだと思うと怖くて、仕方なかった」 ふむ、と兵部は自身の唇をそっと人差し指で撫でた。 「藤井先輩は、君たちを親友だと言っていたけれど」 「そりゃ、いつも一緒にいたからな。周りはそう思っていただろうけど」 感情の起伏に乏しく、淡々としている真島と人懐っこかったという加藤。ふたりが一緒にいるのを見れば誰でも仲の良い友人同士だと信じて疑わなかったのだろう。 「加藤くんの後を継いで生徒会に入ったのは罪滅ぼしのつもりかい?」 言ってから、兵部は一瞬しまったという顔をした。 思わず冷たい声が出てしまった。 真島は敏感にそれに気づいて、再びうなだれた。 「……そうだよ」 きっと、彼のことを恐ろしいと、そう思っていることすら読まれていたのだ。だからあいつは傷ついて姿を消してしまったんだ。そう小さく呟く。 「君の心を読んでいたかもしれない相手に、どうしてそこまで執着するんだ?嫌いなんだろ?」 胸の中に広がるどろっとしたものを抑制しながら、わざと軽い調子で尋ねる。 だが加藤ははっとしたように顔を上げて、ぶるぶると首を振った。 「嫌ってない!俺も、あいつも、エスパーじゃなければきっとうまくやっていけた!」 本心からの、絞り出すような叫びに、兵部はもはやかけるべき言葉もなく、ただ深く息を吐いた。 家出人として捜索願を出している、と藤井は言った。 彼女が作ったという弁当を持って屋上へ出ると、すでに場所を占領していたいくつかのグループが慌てて立ち上がり、逃げるように去っていく。 まるで猛獣扱いだな、と苦笑しながら、兵部は藤井にならって硬いコンクリートに直に座った。 「あの子を連れて出て行った母は三年前に病気で亡くなったの。それからはあの子は親戚の世話になっていたみたいだけど、高校入学と同時に一人暮らしを始めたから、どんな生活をしていたかは誰も知らない。私の父も今長いこと入院中で。義母は弟のことをよく思っていないから」 つまり、加藤のことを本気で心配しているのは姉の藤井さとこひとりということになる。 「未成年が行方知れずになっているっていうのに、警察はろくに動いてくれない。捜索願を出したのが私だけっていうのも気に入らないみたい」 苦々しい顔で卵焼きを箸で突き刺す。 「警察なんてそんなもんだよ」 ちょっぴり冷たいかな、と思いながらさらりと言って、プチトマトを口に放り込んだ。 瑞々しいそれがじわっと潰れる。 大きなトマトは好きではないが、これくらいなら食べられる。その時々で気まぐれに好き嫌いの変わる厄介な自分の性格を熟知してはいるが、孫ほどに年の離れた少女が一生懸命作ってくれたものをあっさり返すわけにもいかず、弁当箱の隅によけられた梅干しの処理に苦心した。 「バベルを疑っているのかい?」 「だっておかしいじゃない。何であの皆本って男がわざわざ保険医として赴任してくるの?何かを探っているとしか思えない」 探っているのは皆本だけではないのだが、と思いつつ、ポケットからぶるぶる震える携帯を取り出した。 『真木です。少佐が捜索を依頼されたという行方不明の少年ですが、彼が七か月前の事件に関与していたことを少佐はもうご存じだったのですか?これからバベルを探ります』 ご存じだったのですか、という疑問文ではあったが、おそらく本音では知ってるなら早く言え、と言いたいに違いない。だが兵部にしてみれば七か月前の事件と言われてもろくに興味はないし、たまたま藤井の弟が関わっていただけのことだ。勝手に勘違いして右往左往していた部下と眼鏡には呆れざるを得ない。 「皆本先生のことはともかく、もうちょっと先輩の弟の行動を追跡してみないと。最後に会ったのはいつ?」 「去年よ。もう半年くらい前かしら。携帯のGPSが途切れてそれっきり。行方不明だなんて言ったら大騒ぎになるしもしバベルが私たち生徒会を目の敵にしているなら何か関係があると思ったから、新年度が始まる直前退学手続きをとったの」 「だからクラス名簿にはまだ名前が載っていた?」 「そうね。急だったから」 おそらく非合法な手続きをとったのだろう。 生徒会にとってうしろめたいことはまだたくさんありそうだ。真木が彼らを利用したいと考えるのも無理はない。 「彼が失踪する直前に、生徒会として何か仕事はしなかった?あ、もちろん情報屋として」 昼休み終了5分前のチャイムが鳴りだしたが、ふたりはそこを動こうとはしなかった。 食べ終わった弁当箱を丁寧に包みながらそばに置くと、藤井の白い腕がのびてそれを引き寄せる。 「分からない。小さな仕事はちょこちょこ請け負っていたけれど、思い当たるものはないわ」 「最後に彼のGPSが途切れた場所は?」 兵部の言葉に、藤井はきょとんとした顔をした。 それを聞いてどうするの、と問う目だ。 「総合病院よ。そこの歯科に通っていたから」 「歯科医には確認した?」 「いいえ?どうして?」 何か問題があるのか、と首を傾げる藤井に、兵部は答えず携帯のボタンを押した。 PR |
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超能力を持たないノーマルが、能力を持つエスパーを恐れるように。
自分よりもはるかに力の強い同朋を恐れることもある。 それは、自分と同じ力を持つにも関わらず敵わないことを知る妬みだ。 いっそ自分にそのような能力などなければよかったのだ。 そうすれば、ただ羨ましい、おそろしい、それだけで済んだだろうに。 高みへと望む心は一歩踏み外せばどす黒い闇へと変貌する。 (ああ、なんて愚かしい) 不本意極まりない、という表情の真木をちらりと見て、皆本は気づかれないようにそっと溜息をついた。 好きで一緒に行動しているわけではない。ただ、同じ事件を追っていて、かつ彼らに自分たちへの敵意がないのならば情報交換をしてもいいと思っただけだ。 敵と手を組むのは非常に不愉快なことだが、先に首を突っ込んだのは自分の方である。 面白半分とまでは言わないが、任務を与えられたわけでもないのに、過去の事件の資料を整理しているうちに薫たちの通う学校へ足を向けてしまった自分が悪い。 ここまできて、パンドラがでしゃばってきたからじゃあこちらは手を引きます、とは言えないだろう。 「着いたぞ」 機嫌がいいのか悪いのか、無愛想な声に引き戻されて皆本は顔を上げた。 特殊刑務所。一般の刑務所とは少し違う、エスパー絡みの犯罪者たちを収容している場所である。 収容されているものたちはエスパーではないため、イーストエデンには入れられない。だが、エスパーが関与する事件で殺人などを行ったものたちは収容された後も外部とのエスパーと接触することが一般用では簡単にできてしまうため、こうして隔離されている。 「許可はとってあるって言ったけど、どうやって」 眼鏡を指で押し上げながら尋ねる皆本に、真木はわずかに目を細めた。 「愚問だな。我々を何だと思っているんだ」 「はいはいそうですね」 て、犯罪じゃねえか!と突っ込む気力もない。 彼らにとって公的書類の偽造などお手の物だろう。 パンドラメンバーは日本をはじめとする世界各地にアジトを持っているが、マンションひとつ借りるだけでも手続きを要するのだ。 入口を見張る警備に睨まれながらもすんなりと通される。 面会用の部屋はこじんまりとしていて息苦しかった。 ふたり分のパイプ椅子が窮屈そうに置かれており、その向こうには壁と、透明なガラスで仕切られた丸い窓。 ドラマでよく見るが皆本がこういう場所へ来るのは初めてだった。 どうしたものかと隣りを見るが、やはり真木は眉ひとつ動かさずじっとしている。さすが兵部の右腕、小さなことにいちいち動揺したりはしないのだろう。 この無愛想加減はどうにかしてもらいたいものだが。 無言のまましばらく待っていると、やがて向こう側の部屋の扉がゆっくりと開いた。看守に連れられて囚人服の男がひとり入ってくる。目つきは悪く、痩せてはいるがよく鍛えられた体をしている。しばらく日に当たっていないのか顔色が白く、幽霊のようだった。 看守に促され、椅子に座る。 「……きみが七か月前、エスパーグループと接触したテロリストのひとりか」 男は予想外に若かった。年は二十代前半から中盤と言ったところだろうか。ごく普通の、どこにもいそうな若者である。 「聞きたいこととは何だ。もう全部バベルに話した」 「分かっている。ただ、君たちが接触したエスパーの中に彼らがいたかどうか確認しにきたんだ」 言いながら、皆本は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。映っているのは生徒会のメンバーだ。 学校のホームページに掲載されているもので、今学期が始まってすぐ撮られたものである。 中央に生徒会長である男子生徒、そのとなりに長い髪の美少女とも言える副会長。そして彼らを挟む形でメンバーが立っており、端には皆本がつい最近出会った兵部のクラスメートの姿もあった。 男はしばらく写真を眺めていたが、やがてゆっくりと首を振った。 「いない」 「……え?」 「なんだと?」 皆本と真木の声が合わさる。 ふたりが驚愕したことに驚いたのか、男は眉間をぐっと寄せて、うなずいた。 「だから、この中に俺に知っているやつはいない、と言った。そりゃ若いやつもいたがほとんどは俺と同年代かそれ以上のやつらだったしな。これは高校生だろう?しかも真面目そうじゃねえか」 そんな彼らが犯罪に手を貸すわけないだろう、と。 男はうっすらと笑った。 「おいどうなっている。バベルの資料には何も書かれていなかったのか」 苛立ちを隠せない様子で真木がやや声を荒げた。 手に持っているのはハッキングして入手したバベルの機密情報書類だ。堂々と皆本に見せるあたりが、悪役としての地位を見せつけているようだった。 そんなことも知らないのか、とも言いたげな真木の迫力に押されながら、皆本は彼の手から半ば強引に書類を奪う。 しばらく無言で読みかえしながら、ふと顔を上げた。 「真木。ここに書かれている、この学校の生徒についてなんだが」 「だから、生徒会のメンバーだろう」 「待ってくれ。この間兵部に、あいつのクラスの名簿を見せたんだ。そしたら『ひとり知らない名前がある』て言っていた」 皆本は当然、在籍している生徒の名前や顔を覚えているわけではない。だから、名簿に名前のある生徒が『いない』という事実にはまるで気付かなかった。 それを兵部は指摘しなかったか? 「……では、少佐が人探しを頼まれたというのは」 「人探し?」 この、名前のみを残して姿を消した生徒が、兵部が学校の先輩とやらに依頼された、クラスメートの親友のことではないだろうか。 また兵部は『情報を扱うエスパー集団のメンバーを知っているかもしれない』とも言っていた。 それが生徒会のことだと真木は勝手に考えていたが、もしかすると消えた生徒個人のことを言っていたのかもしれない。 ひとりごとのように呟きながら整理している真木の、せりふの端々を拾って考えながら、皆本はあ、と声を上げた。 「……もしかして、<生徒会>と七か月前の事件に関わったグループっていうのは別ものなのか?」 「おそらく、この消えた生徒のみがどちらにも重複して在籍していたのだろう」 消えた男子生徒がふたつの組織にまたがっていただけで、本来生徒会の存在と七か月前の事件は切り離して考えるべきだったのだ。 真木は舌打ちした。 まったく無駄なことをしてしまった。 情報収集力が欲しいだけなら、このままこの件から手を引いて生徒会メンバーと接触するだけでいい。 だが、兵部本人がどちらとも関わっているため、彼の片腕としては消えた生徒の足取りも追わなくてはならないだろう。 真木は無言で皆本から書類を奪い返すと、足早に去っていく。 取り残された皆本は、なんだか振り回されるだけ振り回されてどっと疲れた、と肩を落とした。 このとき、ふたりがもう少しいつもの冷静さを取り戻していたらすぐに気付いたかもしれない。 なぜバベルが扱った事件なのに、行方不明者などがいるのか。そしてその詳細が記載されていないのか。 皆本には機密情報を入手する権限はなく、真木もそこまで完璧にハッキングできなかった。 仕方ないと言えば仕方ないのだが。 |
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付き合うことになったから。
教室で、適当に購買で買ったパンを頬張りながら、兵部は軽い挨拶をするような口調でさらっと告げた。 真島はパンを口に運ぼうとしていた手を止めて目を大きく見開く。 兵部はにこにこ笑いながらもごもごとチョコレートコロネを食べている。指にべっとりついたチョコを舐めながら、固まっている真島を見た。 「えっと、何だって?」 「だから、藤井先輩とお付き合いすることになりました」 「…………それはマジで言ってるのか?ギャグ?」 「大マジ」 顔をひきつらせる真島を不思議そうに見ると、兵部は再びコロネと格闘し始めた。 捩ったパンの間からチョコがはみ出して悲惨なことになっている。 あああれ食べにくいよな、と思いながら、真島は深い溜息をついた。 「なんでそういうことになるわけ?」 たしかに藤井は美人だし生徒たちにも人気がある。 だがどう考えても高嶺の花。隣にいてバランスよく見えるのは生徒会長くらいしかいない、と誰もが思っていた。実際、会長と副会長は付き合っている、と噂もある。 だが確かに兵部なら釣り合いがとれるかもしれない。 しかしなんだかふたりそろうとものすごく怪しい。いやらしい意味ではない方のあやしさが漂う。 「あのさ真島くん。藤井先輩に聞いたんだけど、行方不明になった君の親友って先輩の弟なんだって?」 ついでのように口にした兵部に、真島は息を飲んだ。 誰もが触れないようにしていることを何でもないことのように言いだすのは、彼が無神経だからなのか、別の意図があるのか。 しばらく黙っていた真島だったが、ふとこちらを見つめる兵部がやけに真剣な目をしているのに気づいて心持ち背筋を正した。 「ああ。別に隠してたわけじゃないぜ?」 「うん、分かってる。僕も別に詮索するつもりはないけど」 小さく肩をすくめると、再び兵部はチョコで汚れた指をぺろりと舐めた。 赤い舌がのぞいて、まるで吸い寄せられるように目が離せなくなる。 「でもさ、先輩は探してるみたい」 「……加藤を?」 「加藤くんって言うんだ」 初めて聞いた、と素の表情で顔を上げる。 真島はあきらめたように、深呼吸すると食べかけのパンを机に置いた。 パックのカフェオレにつきさしたストローを指で弾く。 「ふたりが子供のころに両親が離婚したんだってさ。そんでこの高校でまた一緒になったってわけ。ちなみに藤井ってのが父親の姓な。加藤とは中学のときからの友達」 「へえ」 兵部はどう切り出そうか柄にもなく迷っていた。 詮索する気はない、などと言いながらも、プライバシーに踏み込もうとしている。 これまで相手に対して特に感情移入をしたり気を使ったりといった経験はほとんどない。 それが、こうして真島に対してあまり強硬な態度に出られないのは、心のどこかでこの学校生活を、否彼との「お友達」の関係を壊したくないと思っているからだろうか。 (どうせ仕事が終われば二度と会わなくなるのに) 自分の正体を明かすつもりはない。 飽きたらあっさりと姿を消すつもりだ。 だが、こうして疎まれずに孤立した存在の真島が自分に心を開いてくれたのを不快には感じなかった。 彼をパンドラへ誘うことはできないのに、今の関係が心地よいと思ってしまうのだ。 「兵部?」 どうした、と真島が微かに笑う。 「聞きたいんだろ、加藤のこと」 いいよ、と友人がそっけなく言う。 突き放すような物言いだが、決して嫌な気はしない。 いわゆる無愛想だけどいいやつ、という属性なのだろう。 ちょっぴり真木みたいだ、と思った。 「どちらかというと、加藤くんのことより君のことを聞きたいかな」 「俺の?」 「うん」 最後の一口を飲み込んで、兵部はアイスティーのパックを開けた。 「探そうとしないのか?」 兵部にはそれが不思議だった。 親友が行方をくらまし、彼の後を継いで生徒会にまで入ったのに、真島は加藤を探そうとしているそぶりがまるでない。 親友が消えたのは仕方ない、とさえ思っているようだった。 真島はそれには答えず、黙ってうつむいた。 何か聞いてはいけないことに触れてしまっただろうか。 能力をわずかでも持っている相手に対して下手にサイコメトリーは使えない。 無言のまま気まずい時間が流れる。 あきらめて話題を変えようとした兵部が口を開きかけたとき、真島が目をそらしながら、だがはっきりと言った。 「今日うちにくるか?誰もいないし、そこで話そう」 何の変哲もない一軒家、と言えば真島は怒るだろうか。 ごく平均的な、サラリーマンと専業主婦、高校生の兄と中学生の妹の四人家族が暮らす平凡な家庭。 真島に連れられて彼の自宅へ足を踏み入れた兵部の第一印象がそれだった。 真島はかばんから鍵を取り出し玄関を開けて兵部を導いた。誰もいない、というのは本当らしい。 「父親は仕事、母親はパートで今日はふたりとも遅い。妹は部活」 「ふうん」 聞いてもいないのに、真島はやけに饒舌だった。 ここへ来る間中ずっと、電車や道で彼は珍しく何かと兵部と会話を持ちかけてきた。 会話が途切れて沈黙が降りるのを恐れるように、他愛のない話をする。 あまり乗ってこない兵部に、それでもテレビ番組や他のクラスの女子の話題をふってくるのはさぞ辛かっただろう。 部屋に通されて扉を閉めると、真島は突っ立ったまま兵部を振り返った。 「真島がいなくなったのは俺のせいかもしれない」 「……なんで?」 兵部の当然の問いかけに、真島は唇を噛みしめた。 |
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自分もしばらくこちらで生活しますから、とおそるおそる告げた真木に対して、返された言葉は「ふーん」だった。
ふーん。 生返事をした兵部は、だらだらとソファに寝ころんではテレビのチャンネルをせわしなく変えている。 映像が一瞬にして次々と切り替えられ、内容を吟味しているわけではないのが分かる。 いい加減うるさくなったのか、ニュース番組に変えたところで兵部はリモコンをぽいと放り出した。 意外と強く投げられたかわいそうなそれを、床に激突する寸前真木が伸ばした炭素の髪で受け止めてテーブルの上に置く。 「少佐。よろしいですか」 「何が?ここに住むんだろ。いいんじゃないか、あっちには葉がいるし、紅葉と交代ってことで」 「いえ、それもですが。今日六條学院でバベルの眼鏡と接触しました。事後報告になって申し訳ありません」 ようやく兵部が体を起こして、こちらを振り返った。 促すような視線に、真木は近づいて、兵部の隣に腰をおろす。 「七か月前、バベルが関与したひとつの事件があります。小規模なテロ組織同士による抗争が発生した際、一方にエスパーの集団が情報提供を行い、勝利しました。しかしその後エスパー集団の実力を恐れたその組織が彼らを襲撃、戦闘力では劣るエスパーチームがバベルに助けを求めてふたつのテロ組織は逮捕されました」 「ノーマルに襲撃されて勝てずにバベルに助けを求めた?お話にならないね。馬鹿馬鹿しい」 鼻で笑って、背もたれに体を預けると大あくびをした。 興味ない、という顔をする兵部に、だが真木は辛抱強く続ける。 「テロ組織は小規模ながら戦闘経験が豊富な人材がそろっていました。一方情報提供を持ちかけたエスパーたちは年が若く、おそらくゲーム感覚で首を突っ込んだのでしょう。確かに思慮も浅く計画性や危機感も皆無ですが、その情報収集能力は本物だと思われます。きちんと能力の使い方や戦い方を教えれば役に立つのではないでしょうか。それに一般の学生という立場は情報源として貴重かと思いますが」 もしここで兵部がノー、と言うなら、真木としてもこれ以上関わることはできない。 真木としては、そのエスパーたちを何もパンドラに引き入れようとまでは考えていない。 こちらの正体を適当にごまかしておいて、必要なときに情報交換をし合うビジネスパートナーになれないかと思っている。 一般社会に基盤を置いて生活するエスパーは、パンドラにとってそれなりに貴重な情報源でもあった。 彼らは真木たちとは違って普通にノーマルと混じり暮らしている。同朋を騙すようで心苦しいが、実際に手を汚すのは自分たちであって彼らではない。 彼らにとっても良い小遣い稼ぎになるだろう。また秘密裏に彼らを保護することもできる。 「それで、何で皆本くんが関係してくるんだ?」 どうやら会話を続けてくれるらしい。 ほっとしながら、真木は背筋を伸ばした。 「その、七か月前の事件に関与したとされるエスパー集団が、六條学院高等部に在籍しているらしいのです。入手した資料はバベルの機密情報ですから間違いはありません。この資料については、今回の学院での予知とは別件で俺が個人的に調べたものです。ただ記載されていた生徒の名前は、おそらくリーダー格だったのでしょうがひとり分のみで、その個人情報に学院の名前がありました。皆本が潜入しているのも、この事件を洗い直しているのだろうと見当をつけましたので彼と接触しました。勝手なことをして申し訳ありません」 ぺこりと頭を下げて、反応を待つ。 しばらく沈黙が降りた。 そろそろと顔を上げると、兵部は眉間に皺を寄せて真木の腹のあたりをじっと睨んでいる。 「あの、少佐?」 「……うん、ちょっと待って」 やけに真面目な声で制して、きっちり一分間考え込んだ後、兵部が忌々しげに舌打ちした。 「どうも変だな。何かがおかしい」 「どこが、ですか?」 何がそんなに引っかかっているのか、真木には分からなかった。 兵部は七か月前の事件については知らなかったようだ。 「その資料、見せてよ」 「はい」 立ち上がって、急いで資料をPCからプリントアウトすると兵部に手渡した。 バベルにハッキングをかけて入手したそれは、ガードが固くほんの一部だけだ。 関係しているそのエスパーの名前も、さっき真木が言ったようにひとり分しか載っていない。 おそらく他のページに続いているのだろうが、すぐに切断されアクセスコードを変更されたため全体像はつかめない。それでも六條学院の名前をすぐに見つけて名前をピックアップできたのは評価に値するだろう。 「……ああ、なるほど」 ざっと資料に目を走らせて、兵部は唸った。 「少佐?」 「うん、何となく掴めてきた。でもやっぱりどこかずれがあるな。少し整理する必要がある」 「どういうことでしょうか」 「今日学校の先輩に人探しを頼まれてね。それが僕のクラスメートの親友でもあるから、引き受けたんだけど」 「はあ」 それが何か、と尋ねる真木に、兵部はちらりと目を上げた。 「僕はその、情報を扱うエスパー集団とやらのメンバーを知っているかもしれないぜ」 |
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ああなるほど、と、藤井の真剣な様子に兵部は納得して鷹揚にうなずくと、テーブルの上に両肘をついて指を絡め、顎を置いて身を乗り出した。
心持ち藤井が背筋を正す。 これはこのまま誤解させておくと後々面倒なことになるだろう。 「残念だけど先輩、何か勘違いをしているようですね」 「勘違い?」 何のこと、と首を傾げるしぐさが、外見の大人っぽさと反比例していて可愛らしかった。 高校三年ともなれば大人扱いされもおかしくはない年齢と外見だが、こういった素の顔はまだまだ少女と言っていい。 精いっぱい背伸びをしているうちに本当にぐんぐんと背丈が伸びて、少女から女性へと成長した紅葉を思い出して兵部は微笑ましさと同時に少しだけ寂しさを感じていた。 自分の外見年齢を止めたのは自分自身だけれど、こうやってどんどん子供たちに追い抜かれていくのは嬉しい反面いつまでも時代に取り残されていくということで、孤独であったりもする。 (それを望んだのだけれど) 「そう。僕はバベルの関係者ではない。どちらかというと逆かな」 「逆?どういうこと?あなたは超能力者で、並よりも高いレベルを持っているのでしょう?普通の人々ではありえない」 「うーん。まだまだ知名度が足りないのかな」 苦笑して、紅茶のカップに手を伸ばした。 「保健医の代理として赴任してきた皆本先生は確かにバベルの人間だけど僕は違うよ。彼と共謀して何かを探りにきたわけではない」 「あなたの転校はただの偶然だって言うの?」 「それはない」 彼女のような素人が不審に思うほどに、この潜入作戦は兵部の思いつきと行き当たりばったりでやっているのだ。 わずかな混乱を残しつつも藤井は、それでも、と身を乗り出し、兵部の手を握った。 「協力してほしいの」 「なぜ?」 間髪を入れずに尋ねる。 だが兵部の顔は穏やかで、藤井の反応を楽しんでいるかのようだった。 「何を、とは聞かないのね」 「消えた真島くんの親友を探したい、だろ?」 「そうよ」 あっさり肯定して、藤井は少し安心したように、ケーキの乗った皿を引き寄せた。 兵部がOKと言うのを信じ切っている態度だ。 だが、それもまた分かりやすくていい、と兵部は思った。 大人びた外見と人を信じる無垢な子供っぽさが同居した藤井さとこという少女に興味を引かれる。 「あの子が行方不明になったことに関して、私はバベルを疑っている。なぜなら私たち生徒会は、生徒会としての仕事ではなく秘密裏に情報を取り扱う情報屋をやっているから。仕事のためなら相手がエスパーでもノーマルでも関係ない。犯罪者だったこともあるけどそんなことはどうでもいいのよ」 「それでバベルに目をつけられているって?でもそのことと失踪した子がどう関係するのかな」 「関係しているかどうかは分からない。けれど私たちが違法行為をしていることにバベルが気付いて皆本とかいう人を監視のために潜り込ませたと思っている。もしかしたらあの子はバベルが秘密裏に拉致したかもしれない」 「んー・・・」 いまいち根拠が薄弱だが、まあいいだろう。 (皆本がここへ来たのは過去に起きたエスパー絡みの事件とこの学校に在籍している人間が関わっている可能性がある、というものだった。でもその根拠も曖昧。予知レベルも低い。外れかな?) だがパンドラに属する予知能力者も似たような報告を上げてきたのだ。 しかしその過去の事件と学校在籍者との因果関係と、真島の親友が失踪した理由、そして藤井の言う生徒会がバベルに目をつけられているという話は全部別物である。 兵部が調べる必要があるのは一番目。 気になるのは二番目。 藤井の依頼は二番目と三番目だ。 藤井は真島の親友の失踪と皆本の赴任が同じカテゴリにあると考えている。 (何か面倒なことになってきたな) ひとつひとつの事件はそれほど複雑な匂いはしない。 だが全てを同時に進行していくのは非常に面倒だった。 そもそも藤井はバベルの存在はどちらかと言えば敵側に置いている。 超能力支援研究局という看板を掲げていても、その存在に疑問を持っているエスパーは多い。もちろんノーマルもだ。 藤井は、自分たちがおおっぴらに言えない「やましいこと」を行っている自覚があるからこそ、バベルを警戒するのだろう。 しかしだからといって高校生を拉致するような集団だと勘違いして恐れる様は滑稽だった。 (ざまーみろ) くっくっと咽喉の奥で笑って、兵部はにこやかに言った。 「もう一度質問する。なぜ真島くんの親友のことをそんなに気にするんだい?同じ生徒会のメンバーだから?」 「それもあるけど」 無意識なのだろう、髪を触りながら、藤井は困ったように逡巡して、やがて兵部の目を見た。 「私の弟なの」 差し出されたファイルを見て皆本は唖然とした表情で真木を見上げた。 椅子をすすめたが彼は首を振るだけで、威圧感を出しながらも突っ立っている。 (怖いんですけど) やり合うつもりはない、と言ってはいるが、彼にとって自分は無力な獲物にすぎない。 兵部に忠実に従う限り、殺しはしないだろうが。 「これは」 「知っているはずだ。おまえたちバベルが捜査した七か月前の事件。これにこの学校の在籍者が関わっている可能性がある。おまえはそれを調べにきたのだろう」 違う、とは言えない口調だった。 皆本は冷や汗をかきながらも、なぜ彼がここへきたのかを考えていた。 兵部が生徒として潜りこんだのもこの事件のためか。 そうすると、予知課が弾きだした「確率の低い」案件が信憑性のあるものとしてレベルが上昇したことを意味している。 「どうしてこれを君たちが?いや、それよりどうして僕に教えるんだ?」 もっともな皆本の質問に、真木は無表情のまま答えた。 「俺の仕事の目的のためには捜査をする必要性を感じている」 「つまりてっとり早く僕らから情報を聞き出そうというわけか」 「協力と言っていい」 「それは君の独断か?兵部の指示か?」 「これから指示を仰ぐ」 少佐の命令は絶対だが、命令されなければ行動を起こせないほど部下は馬鹿ではない、と告げて皆本の返事を待つ。 兵部からの連絡はまだない。 |
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