「なあちょっと、誰かいない?」
いつも幹部連中をはじめメンバーがたむろしているリビングにひょいと顔を出して、兵部が声をかけた。
「ん?」
だらしなくソファに寝そべって漫画を読んでいた葉が顔を上げる。
「あれ、ひとり?」
「うん。どうしたんすか」
「ちょっと、パソコンの調子がおかしいんだよ。君分かる?」
「どうだろ。どうおかしいんだよ?」
「止まっちゃって動かない」
「フリーズしたんじゃないんすか?再起動してみれば?」
体を起こしながら言う葉に、兵部は大人げなく唇を尖らせて首を振った。
「だから動かないんだって、カーソルも」
「じゃあ強制終了かければ?」
「・・・故障したらどうするんだよ」
「そんなこと言われても」
ったく仕方ねーな、と、ぶつぶつ文句を言いながら葉は立ち上がり、兵部の背中を押して彼の部屋へと向かった。
兵部の部屋には何度も足を踏み入れているが、おとといから真木が出張でいないからか部屋は荒れ放題だった。
脱いだ服は脱ぎっぱなし、ベッドもぐちゃぐちゃ、何故か花瓶が割れて水が零れているのに拭こうとする努力の跡さえ見えない。まさにカオスである。
「なあ・・・あんたさー、もうちょっと、何とかなんねえの」
「だって面倒くさいんだもん。別に平気だけど」
「平気じゃねえよ兵器だよもはや」
突っ込みだかボケだから分からないせりふを吐きながら、床に転がっているコップや脱ぎ捨てられた服を踏まないように用心しつつ、テーブルの上のパソコンの元へと歩み寄った。
ザ・片づけられない男、という不名誉なネーミングをそっと上司兼養い親に送っておこう。
「これ?・・・て、あんた何見てんだ」
「何って動画だけど」
「いや・・・いいけどさ、別にさ。俺もたまに見るし、いやそれはいいんだけど何ていうか」
もごもごしながらモニタを眺め、マウスを動かして確かにカーソルも動かないことを確認する。
「何だよ」
「少佐もこういうの興味あんの?」
こういうの、とは動画の内容である。
そこに映っているのは、おそらくネットを使用したことがあるなら誰でも一度は名前を聞いたことがあるだろう有名な人工音声ソフト、のキャラクターだった。
長い緑色のツインテールが可愛らしい、少女のイラスト。何故か手にはネギ。ヘッドマイクをつけて歌っているところらしい。
「かわいいよねミク。ipodに色々曲入れちゃった」
「・・・ああ、うん。そう」
色々と言いたいことがあったが、頭の中でそれがうまくまとまらず、結局葉が発した言葉はそれだけだった。
このじじぃ、とも思ったがミクが可愛いのは同感なので、黙っておく。
きっと真木あたりなら、大人げない、とこっそり胸の中で呟いて終わりだろう。
(俺もちょっと大人になった)
「なあ、それよりこれ直る?今いいとこだったんだよ」
「強制終了」
「ええっ!?」
兵部が声を上げるのを遮るように手を伸ばし、葉はパソコンの電源を長押しして、切った。
ぶいーん、と音がして、しばらくすると電源が切れる。
「あああ・・・まだマイリス入れてないのに」
「知るかー!」
もうやだこんなボス、と呆れた溜息をつきながら、部屋の片づけを手伝えと言われる前にさっさと退散することにした。
数日後、今度はipodが動かなくなったと声をかけられることは、プレコグ能力者ですら予測できなかったらしい。
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「と言うわけで、今から流しそうめん大会をやろうと思う」
「・・・はあ?」 急に手の空いているメンバー全員をデッキに集めたかと思うとそんなことを言い出した兵部に、真木をはじめとする者たちは一斉に声を上げた。 意味が分からない。 兵部の突拍子もない行動はいつものことだが、それに輪をかけて今回は意味不明である。 唖然としたまま突っ立っている真木らに、兵部は片目を細めるとやや不満そうに言った。 「なんだよ」 「いや、あのさ少佐。今なんて言った?」 おそるおそる手を上げる葉を馬鹿にしたように、兵部は肩をすくめた。 「おや、君はもう耳が遠くなったのかい?仕方ないなあ。流しそうめんだよ流しそうめん。夏と言えば海に花火に流しそうめんだろ?」 そうか? 全員が疑問に思ったが、兵部に最も近しい者ら以外の連中は兵部に異を唱えるなど言語道断、という実に逃げ場の持たない方針でもって行動しているので、突っ込みたいのをぐっとこらえて沈黙した。 「少佐。お言葉ですが流しそうめんをここでやるのは無理ですよ。人数的な問題もありますし、そもそもどこからどこへ流すんですか?」 「え。子供たちを中心に呼んでやるんだよ。別に全員参加とは言わないし。場所はほら、流れるプールとか」 「却下!あんたそんなもの子供たちに食べさせる気ですか!」 想像すると別の意味で胃が痛くなってきた。 「だいたい、海に花火ときたら次は普通にバーベキューじゃないの?」 「あ、そうそう。この間本でBBQって書いてあってなんの暗号かと思ったらバーベキューのことだったんだな。あれはびっくりしたよ。女子高生をJKって略すようなもんかな?」 「話をそらさないで下さい。あとどこでそんな知識を仕入れてきたんですか」 普段、日常生活において女子高生をJKと呼ぶ人など真木は見たこともないのだが。 「えっと、動画の・・・」 「あああもういい。分かった。それで、どうする真木さん?」 嬉々として何やら語りたそうな顔をした兵部の言葉をさえぎって、葉が真木を見た。 どうせ一度兵部がやると言ったら結局やる羽目になるのだろう。 わがままで大人げない人間が権力を握ると部下が大変な目に合う良い例である。 悪気がないだけまだましか。 「ううん。仕方ない。それでは少佐、軽井沢の別荘でやりましょう。子供たちを中心に、あとは保護者を集めてせいぜい二、三十人といったところですね」 「うん何でもいいよ」 自分がやりたいだけらしい。 「では明日、軽井沢のアジトで流しそうめん大会を実施する。紅葉は子供たちに連絡を。葉はコレミツたちと打ち合わせ。俺は行動予定表を作成して今日の夜までに参加者名簿と一緒に配布する。以上だ」 「うわあ」 つい数分前まで嫌そうな顔をしていた割に、真木さんノリノリである。 一度やると決めたらとことんやらなければ気が済まない、苦労性なのだろう。 「楽しみだね」 自分は何も仕事を割り当てられなかったので、兵部はくすくす笑いながら成り行きを見守ることにした。 「よし、まずは竹を伐採してくる!」 「あ、ちょっと」 百貨店などで売られているだろういわゆる子供だましな「流しそうめんセット」でいいじゃん、と思った葉が止める間もなく、真木は翼を広げて飛び立ってしまった。 「・・・本気だ」 「・・・本気でやる気ね」 「真木!ついでに花火もな!」 手を振りながら叫ぶ兵部に、真木は遠くから手を振り返した。 パンドラの夏、流しそうめんの夏。 今日も明日も犯罪エスパー集団パンドラは平和である。 PR |
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「ぷれぜんとー?」
「うん」 ぴょん、と頭の上から身を乗り出して大きなくりくりした目を剥いた桃太郎に、澪はうなずいた。 頭が揺れてずるりと足を滑らせた桃太郎が慌てて体勢を整える。 「少佐にあげるの。だから買い物付き合ってくれない?」 「イイケド・・・。キョースケ、誕生日終ワッタゾ?」 「知ってるよ。そうじゃなくて、べっ、別に記念日じゃなくてもプレゼントあげたっていいじゃない!」 「フーン?」 体が傾ぐ。首を傾げたのか。 澪は桃太郎が肩に移るのを待ってから、アジトから出て街へと飛んで行った。 目指すは一軒の洋菓子店である。 澪はケーキが大好きだ。甘いものが嫌いな女の子はあまりいないだろう。 けれど、それをおおっぴらに言うのは何だか恥ずかしいと彼女は思っていた。 紅葉やカズラたちが食べたい!食べに行こう!と提案してくれれば、仕方なく付き合ってあげるんだからね!という顔もできるが(当然気付かれているが)、ひとりでどうしても食べたくなるときだってある。 けれどパンドラのメンバーたるもの、欲しいものは自分で調達するのが基本。誰かにねだることはできない。 否、ねだれば兵部や真木たちは嫌がらずに買ってきてくれるだろうが、それでは澪のプライドが許さない。 そこで、誰かにつつかれたわけでもないが、自分の中で「これはプレゼントなんだ」という言い訳をこしらえたのであった。 どうせ調達するなら兵部が喜ぶものがいい。 彼女はいつも彼が好んで真木に買いに行かせている店の前に降り立つと、ぐっと拳を握りしめて扉を開いた。 からんからんとベルが鳴って、待ち構えていたように店員のいらっしゃいませ攻撃に合う。 「うっ・・・何かすごい場違いな感じ」 「高級菓子店ダモンネ」 子供がひとりで買いに来るような場所ではない。 とはいえ、真木はいつもどんな顔で買いに来るのだろう、とふと思った。 甘い匂い漂う高級洋菓子店に、不精ひげを生やしたダークスーツの大柄な男がひとり。 非常にあやしい。 「何かお探しですか?お嬢様」 ひとりの女性店員が完璧な営業スマイルを浮かべながら近づいてくる。 何だろう、この威圧感は。 彼女は澪の肩の上に乗っている桃太郎を一瞥したが、すぐに何もなかったかのように視線をそらせた。 きっと接客マニュアルには「お客様の肩にげっ歯類が乗っていた場合は」などと書かれていないのだろう。 (お嬢様・・・) そんな扱いを受けたことは一度もないのだが。 ガラスの向こうに宝石のように整然と並ぶ色とりどりのケーキたちを見つめて、澪は少しだけパニックになった。どれを買えばいいのだろう。というか、早くここから脱出したい。 逡巡している澪を、店員は辛抱強く笑顔で待っている。 すると、店の奥で電話が鳴る音がした。店員が一瞬振り向く。 しばらくして、奥からもうひとり店員が出てくると、澪の方を向いてにこやかに言った。 「シュバルツバルダー・トルテを1ホールお届けで、りんごのベーニエとビーネンシュテッヒを三名分お持ち帰りでよろしいですね?」 「へ?」 「ン?」 思わず澪は、宙をぷかぷか浮いている桃太郎と目を合わせて声を上げた。 「いまご自宅からご連絡を頂きましたよ。お嬢様にお渡しするようにと」 すぐにご用意しますので、と訳のわからぬまま椅子に座って待つよう言われ、ぼんやりしたまま澪はそれに従った。 「ドウイウコトダロ?」 「分かんない・・・あ、メールだ」 いつの間にか受信していたらしいメールを開いて、澪は目を丸くした。 横から桃太郎がそれをのぞく。 『ベーニエとビーネンシュテッヒは澪と桃太郎と僕の分。トルテはみんなの分。よろしく 兵部』 「・・・少佐ぁぁぁ」 「ウワ、泣くナヨ・・・」 つい感動して涙目になった澪に、桃太郎は呆れてぺちぺちと額を叩いた。 三時のおやつが楽しみだ。 |
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書店へ入ってすぐ葉とは別行動をとったパティは、目当ての漫画を買うと葉の姿を探した。
漫画はきっちりカバーをつけてもらい袋に入れて、それをバッグに突っ込んである。間違っても見られる心配はないだろう。 こういうとき、同行者が葉で本当に良かったと思う。これが兵部なら隠しきれるはずがない。だから、たまに兵部に一緒に買い物に行くと言われても半泣きでその場から逃げ出すしかないのだ。 さて、先輩はどこへ行ったのだろう、とうろうろしていると、やがて雑誌を立ち読みしている葉を見つけた。周囲は男性ばかりで明らかに若い乙女が近づきがたい雰囲気である。が、もちろんパティはそんなことは気にしない。 「何読んでるんですか」 「うわっ」 不意打ちを食らったように葉が声を上げた。 慌てて閉じた雑誌の表紙にはグラビアアイドルが水着でポーズをとっている。 (あれは・・・確かクイーンの姉) そういえば葉はやたらそのモデルがお気に入りのようで、以前写真集をへらへらしながら眺めている場面に遭遇したことがある。 パティは何だかむっとするのを自覚した。 「あー。ちょっと待ってくれ。どうすっかな、これ買うか買わざるべきか」 うなりながら葉がぱらぱらと雑誌をめくる。 彼は脇にサムデーを抱えていた。 「うーん。買うほどでもねえかなー」 「あの」 「ん?」 「買うほどでもないなら立ち読みしていけばいいと思います。そのサムデー、私買ってきますから」 「そうか?悪いな」 葉は嬉しそうに笑みを浮かべると、パティにサムデーと財布を渡した。 いそいそと雑誌を読み始める彼を一瞬冷やかに見てからパティはサムデーを持ってきびすを返す。 向かった先はレジ、ではなく、書店の奥だ。さきほど立ち寄ったBLコーナーのさらに先。そこは女性向け同人誌コーナーである。 迷わず、その異様にピンク色をしたオーラ漂う場所へ立ち入ると、パティはとある棚の前で立ち止った。 見上げる先には「新刊!」と書かれたポップと、パティが委託している同人誌が置かれていた。 自分の同人誌を書店で見かけることほど恥ずかしいものはないが、そんなことは言っていられない。 パティはそれをさっと掴むと、もう一度棚を見上げた。 彼女がこの書店にひっそり卸している同人誌は現在二冊。さて、どうするか。 「真木兵か・・・それとも真木葉?真木兵はこのカプオンリーだけど真木葉は葉兵も入ってるし、やっぱりこっち?」 ぶつぶつ呟いて、やがて決心したようにパティはもう一冊の方を手に取った。 真木葉兵本である。 パティは同人誌とサムデーを一緒にレジに出し、一緒に袋に入れてもらった。 振り返って周囲を見渡すと、立ち読みを終えた葉がひらひら手を振りながら近づいてくるところだった。 「よ。悪いな」 「いえ。どうぞ」 「サンキュー」 葉は何の疑いもなく、サムデーと、同人誌が入った袋を受け取る。 「ついでにどっかで飯でも食って帰るか」 「そうですね」 でも袋を開けるのは部屋に戻ってからにしてくださいね、と念のために忠告して、パティはうっすらと笑った。 アイドルになんぞ負けてたまるか。 そんなものよりもっと萌える対象がすぐ近くにいるではないか、とパティは思うのであった。 |
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困ったことになった。 パティは顔には出さず、だが腹の中では頭を抱えてうずくまりたいほどに困っていた。 今日はいつも買っているコミックスの新刊発売日である。 ジャンルはBL。だがBLとは言え、ありがちな、内容の薄っぺらいただエロエロしいものではない。 むろんそういうのもアリだとは思うが、パティにとってBLはストーリーが重要だと常々思っている。 現在はまっているこの漫画も、友情から愛情が芽生えそれに葛藤して乗り越えていくシーンを切なく、かつコミカルに描く傑作だと言って過言ではない。むしろBLというジャンルを超えた少女マンガの極みと言ってもいい。 ともかく彼女はその新刊を待ち焦がれ、ようやく本屋が開店する時間の30分前に部屋を出たのだったが。 「よ、パティ」 緩い口調で片手を上げながら近づいてきたのは藤浦葉であった。 兵部少佐の幹部のひとりで、どちらかというととっつきにくい(本当はそうではないと最近ようやく気付いた)真木や、女性として憧れはあるもののあまりプライベートな付き合いはない紅葉よりはずっと身近な存在だった。 以前能力が暴走して現在位置さえ特定できない場所へバベルのヤブ医者らと飛ばされたとき、ふたりきり(正確には違うが)で敵と向かい合っていた、というのもあるのかもしれない。 趣味のせいで何かと部屋にこもりがちなパティをちょっぴり心配してくれているのも彼だ。 いつも部屋にこもって何をしているんだ、と聞かれても、答えられないのが心苦しいところである。 さて、そんな葉が珍しく朝早くに廊下を歩いているものだから、パティは一瞬反応が遅れてぼんやりと見上げてしまった。 立ち尽くしているパティを不思議そうに見下ろして、首を傾げる。 「どうした?もしかして徹夜かあ?」 「いえ・・・今日は違います」 「今日は?」 いつも夜更かししてるのかよ、とあまり考えていない様子で呆れたように笑う。 「先輩こそ早いですね」 「まあな、いやちょっと少佐のお遊びに付き合ってたら寝られなくなってさ」 (・・・・!!一体何を・・・) ふたりきりで一夜をともに過ごしたのかしらキャァァ、とテンションが急上昇したが、必死でこらえて、曖昧にうなずいた。 「なんで笑ってるんだ」 「笑ってません」 バレていた。 「それよりこんな早くにどこ行くんだ?」 早く、と言ってももう9時半を過ぎているが、夜型の葉にとっては早朝なのだ。 「いえ、ちょっと本を買いに・・・」 「え、じゃあ俺も行く」 「え?」 「だって今日サムデーの発売日だもんよ。ほら行こうぜ」 「あ、」 パティの返事も聞かずに葉はさっさと歩きだしてしまった。 ここで自分だけ違う場所へ向かうのも変だろう。 隙を見てさっと買えばいいか、とパティは慌てて彼を追いかけた。 小走りに追いついてきたパティを振り返って、葉はにやっと笑う。 「まるでデートみたいじゃん?」 「え?」 思わず足を止める。 そんなフラグは予測していない! |
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