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付き合うことになったから。
教室で、適当に購買で買ったパンを頬張りながら、兵部は軽い挨拶をするような口調でさらっと告げた。 真島はパンを口に運ぼうとしていた手を止めて目を大きく見開く。 兵部はにこにこ笑いながらもごもごとチョコレートコロネを食べている。指にべっとりついたチョコを舐めながら、固まっている真島を見た。 「えっと、何だって?」 「だから、藤井先輩とお付き合いすることになりました」 「…………それはマジで言ってるのか?ギャグ?」 「大マジ」 顔をひきつらせる真島を不思議そうに見ると、兵部は再びコロネと格闘し始めた。 捩ったパンの間からチョコがはみ出して悲惨なことになっている。 あああれ食べにくいよな、と思いながら、真島は深い溜息をついた。 「なんでそういうことになるわけ?」 たしかに藤井は美人だし生徒たちにも人気がある。 だがどう考えても高嶺の花。隣にいてバランスよく見えるのは生徒会長くらいしかいない、と誰もが思っていた。実際、会長と副会長は付き合っている、と噂もある。 だが確かに兵部なら釣り合いがとれるかもしれない。 しかしなんだかふたりそろうとものすごく怪しい。いやらしい意味ではない方のあやしさが漂う。 「あのさ真島くん。藤井先輩に聞いたんだけど、行方不明になった君の親友って先輩の弟なんだって?」 ついでのように口にした兵部に、真島は息を飲んだ。 誰もが触れないようにしていることを何でもないことのように言いだすのは、彼が無神経だからなのか、別の意図があるのか。 しばらく黙っていた真島だったが、ふとこちらを見つめる兵部がやけに真剣な目をしているのに気づいて心持ち背筋を正した。 「ああ。別に隠してたわけじゃないぜ?」 「うん、分かってる。僕も別に詮索するつもりはないけど」 小さく肩をすくめると、再び兵部はチョコで汚れた指をぺろりと舐めた。 赤い舌がのぞいて、まるで吸い寄せられるように目が離せなくなる。 「でもさ、先輩は探してるみたい」 「……加藤を?」 「加藤くんって言うんだ」 初めて聞いた、と素の表情で顔を上げる。 真島はあきらめたように、深呼吸すると食べかけのパンを机に置いた。 パックのカフェオレにつきさしたストローを指で弾く。 「ふたりが子供のころに両親が離婚したんだってさ。そんでこの高校でまた一緒になったってわけ。ちなみに藤井ってのが父親の姓な。加藤とは中学のときからの友達」 「へえ」 兵部はどう切り出そうか柄にもなく迷っていた。 詮索する気はない、などと言いながらも、プライバシーに踏み込もうとしている。 これまで相手に対して特に感情移入をしたり気を使ったりといった経験はほとんどない。 それが、こうして真島に対してあまり強硬な態度に出られないのは、心のどこかでこの学校生活を、否彼との「お友達」の関係を壊したくないと思っているからだろうか。 (どうせ仕事が終われば二度と会わなくなるのに) 自分の正体を明かすつもりはない。 飽きたらあっさりと姿を消すつもりだ。 だが、こうして疎まれずに孤立した存在の真島が自分に心を開いてくれたのを不快には感じなかった。 彼をパンドラへ誘うことはできないのに、今の関係が心地よいと思ってしまうのだ。 「兵部?」 どうした、と真島が微かに笑う。 「聞きたいんだろ、加藤のこと」 いいよ、と友人がそっけなく言う。 突き放すような物言いだが、決して嫌な気はしない。 いわゆる無愛想だけどいいやつ、という属性なのだろう。 ちょっぴり真木みたいだ、と思った。 「どちらかというと、加藤くんのことより君のことを聞きたいかな」 「俺の?」 「うん」 最後の一口を飲み込んで、兵部はアイスティーのパックを開けた。 「探そうとしないのか?」 兵部にはそれが不思議だった。 親友が行方をくらまし、彼の後を継いで生徒会にまで入ったのに、真島は加藤を探そうとしているそぶりがまるでない。 親友が消えたのは仕方ない、とさえ思っているようだった。 真島はそれには答えず、黙ってうつむいた。 何か聞いてはいけないことに触れてしまっただろうか。 能力をわずかでも持っている相手に対して下手にサイコメトリーは使えない。 無言のまま気まずい時間が流れる。 あきらめて話題を変えようとした兵部が口を開きかけたとき、真島が目をそらしながら、だがはっきりと言った。 「今日うちにくるか?誰もいないし、そこで話そう」 何の変哲もない一軒家、と言えば真島は怒るだろうか。 ごく平均的な、サラリーマンと専業主婦、高校生の兄と中学生の妹の四人家族が暮らす平凡な家庭。 真島に連れられて彼の自宅へ足を踏み入れた兵部の第一印象がそれだった。 真島はかばんから鍵を取り出し玄関を開けて兵部を導いた。誰もいない、というのは本当らしい。 「父親は仕事、母親はパートで今日はふたりとも遅い。妹は部活」 「ふうん」 聞いてもいないのに、真島はやけに饒舌だった。 ここへ来る間中ずっと、電車や道で彼は珍しく何かと兵部と会話を持ちかけてきた。 会話が途切れて沈黙が降りるのを恐れるように、他愛のない話をする。 あまり乗ってこない兵部に、それでもテレビ番組や他のクラスの女子の話題をふってくるのはさぞ辛かっただろう。 部屋に通されて扉を閉めると、真島は突っ立ったまま兵部を振り返った。 「真島がいなくなったのは俺のせいかもしれない」 「……なんで?」 兵部の当然の問いかけに、真島は唇を噛みしめた。 PR |
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