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「俺、あいつのこと怖かったんだ」
前髪で表情を隠したまま、うつむいた真島は口を開いた。 そっけない部屋の中央、小さなテーブルの上にはコーラの入ったコップがふたつ。クッションも何もない絨毯の上にあぐらをかいて座った兵部は、コップをぴん、と弾いた。 無言で続きを促す。 「あいつはテレパスとサイコメトリーの能力を持っていた。それぞれの超度はそれほど高くないけれど、それでもやっぱりテレパスは便利だろ?強く念じただけで思ったことを相手に伝えられるし、逆に受け取ることもできる。どちらかと言えばあいつは受信の方が力が強かった」 彼の話によって、いまだ兵部の知らない加藤という人物像が浮かび上がる。 両親が離婚し、離れ離れになった姉と高校で再会した彼。ふたりは非常に仲が良かったと言う。 あまり他人との接触を好まない真島に、加藤は人懐っこくくっついてきた。 『君もエスパーなんだ?同じだね』 物おじせずそう話しかけてきた最初の会話は、兵部が転校してきてすぐ真島に言ったせりふと同じだった。 真島にしてみれば、あのときの再現フィルムを見ているようだったと言う。 「何故怖いと思った?」 初めて、兵部が話をさえぎった。 びくりと真島の肩がふるえる。 顔を上げると、穏やかとも冷酷とも言える表情で兵部がじっとこちらを見ていた。 一瞬、本当にこいつは同い年なのだろうかと疑う。 この、ひどく複雑な目の色はこれまで見たことがない。 ぞくりと背筋が寒くなった。 (俺はこいつのこと誤解していたのかもしれない) 乾いた唇を湿らせるように舐めて、努めて何でもないようは顔を作った。 「あいつは何でも知ってるんだよ。俺の知らないことも、知っていることはもっと深く。こうして欲しいと思ったことは全部先回りでやってくれるし、いつも俺の心を読んでいるみたいだった。俺は心をガードする方法なんて知らないし、いつも筒抜けだと思うと怖くて、仕方なかった」 ふむ、と兵部は自身の唇をそっと人差し指で撫でた。 「藤井先輩は、君たちを親友だと言っていたけれど」 「そりゃ、いつも一緒にいたからな。周りはそう思っていただろうけど」 感情の起伏に乏しく、淡々としている真島と人懐っこかったという加藤。ふたりが一緒にいるのを見れば誰でも仲の良い友人同士だと信じて疑わなかったのだろう。 「加藤くんの後を継いで生徒会に入ったのは罪滅ぼしのつもりかい?」 言ってから、兵部は一瞬しまったという顔をした。 思わず冷たい声が出てしまった。 真島は敏感にそれに気づいて、再びうなだれた。 「……そうだよ」 きっと、彼のことを恐ろしいと、そう思っていることすら読まれていたのだ。だからあいつは傷ついて姿を消してしまったんだ。そう小さく呟く。 「君の心を読んでいたかもしれない相手に、どうしてそこまで執着するんだ?嫌いなんだろ?」 胸の中に広がるどろっとしたものを抑制しながら、わざと軽い調子で尋ねる。 だが加藤ははっとしたように顔を上げて、ぶるぶると首を振った。 「嫌ってない!俺も、あいつも、エスパーじゃなければきっとうまくやっていけた!」 本心からの、絞り出すような叫びに、兵部はもはやかけるべき言葉もなく、ただ深く息を吐いた。 家出人として捜索願を出している、と藤井は言った。 彼女が作ったという弁当を持って屋上へ出ると、すでに場所を占領していたいくつかのグループが慌てて立ち上がり、逃げるように去っていく。 まるで猛獣扱いだな、と苦笑しながら、兵部は藤井にならって硬いコンクリートに直に座った。 「あの子を連れて出て行った母は三年前に病気で亡くなったの。それからはあの子は親戚の世話になっていたみたいだけど、高校入学と同時に一人暮らしを始めたから、どんな生活をしていたかは誰も知らない。私の父も今長いこと入院中で。義母は弟のことをよく思っていないから」 つまり、加藤のことを本気で心配しているのは姉の藤井さとこひとりということになる。 「未成年が行方知れずになっているっていうのに、警察はろくに動いてくれない。捜索願を出したのが私だけっていうのも気に入らないみたい」 苦々しい顔で卵焼きを箸で突き刺す。 「警察なんてそんなもんだよ」 ちょっぴり冷たいかな、と思いながらさらりと言って、プチトマトを口に放り込んだ。 瑞々しいそれがじわっと潰れる。 大きなトマトは好きではないが、これくらいなら食べられる。その時々で気まぐれに好き嫌いの変わる厄介な自分の性格を熟知してはいるが、孫ほどに年の離れた少女が一生懸命作ってくれたものをあっさり返すわけにもいかず、弁当箱の隅によけられた梅干しの処理に苦心した。 「バベルを疑っているのかい?」 「だっておかしいじゃない。何であの皆本って男がわざわざ保険医として赴任してくるの?何かを探っているとしか思えない」 探っているのは皆本だけではないのだが、と思いつつ、ポケットからぶるぶる震える携帯を取り出した。 『真木です。少佐が捜索を依頼されたという行方不明の少年ですが、彼が七か月前の事件に関与していたことを少佐はもうご存じだったのですか?これからバベルを探ります』 ご存じだったのですか、という疑問文ではあったが、おそらく本音では知ってるなら早く言え、と言いたいに違いない。だが兵部にしてみれば七か月前の事件と言われてもろくに興味はないし、たまたま藤井の弟が関わっていただけのことだ。勝手に勘違いして右往左往していた部下と眼鏡には呆れざるを得ない。 「皆本先生のことはともかく、もうちょっと先輩の弟の行動を追跡してみないと。最後に会ったのはいつ?」 「去年よ。もう半年くらい前かしら。携帯のGPSが途切れてそれっきり。行方不明だなんて言ったら大騒ぎになるしもしバベルが私たち生徒会を目の敵にしているなら何か関係があると思ったから、新年度が始まる直前退学手続きをとったの」 「だからクラス名簿にはまだ名前が載っていた?」 「そうね。急だったから」 おそらく非合法な手続きをとったのだろう。 生徒会にとってうしろめたいことはまだたくさんありそうだ。真木が彼らを利用したいと考えるのも無理はない。 「彼が失踪する直前に、生徒会として何か仕事はしなかった?あ、もちろん情報屋として」 昼休み終了5分前のチャイムが鳴りだしたが、ふたりはそこを動こうとはしなかった。 食べ終わった弁当箱を丁寧に包みながらそばに置くと、藤井の白い腕がのびてそれを引き寄せる。 「分からない。小さな仕事はちょこちょこ請け負っていたけれど、思い当たるものはないわ」 「最後に彼のGPSが途切れた場所は?」 兵部の言葉に、藤井はきょとんとした顔をした。 それを聞いてどうするの、と問う目だ。 「総合病院よ。そこの歯科に通っていたから」 「歯科医には確認した?」 「いいえ?どうして?」 何か問題があるのか、と首を傾げる藤井に、兵部は答えず携帯のボタンを押した。 PR |
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