× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
兵部には予知能力はない。
だがそれを不便だと思ったことはほとんどなかった。 クイーンにまつわることであれば伊八号の脳を保管しているし、小さなことであれば精度は低いながらもカガリなどパンドラのメンバーに能力者は存在しているからだ。 だから、このとき兵部が感じたのは予知ではない。第六感、とでもいうのだろうか。 ひどく嫌な予感だ。そしてそういうものに限って当たったりもする。 今日は信号がすべて赤だ、という程度であれば、それは確率の問題であり大したことではない。しかし、今日は身近な誰かが死ぬかもしれない、などといた不吉な予感は生涯で一度も当たらないままの方が多いだろうし、その方がいいだろう。 だがそれが当たることがある。 嫌な風が吹いている、と兵部は思った。 トイレに行ってくる、と藤井に告げた兵部は四度目のコールが相手側から鳴ったとき、すでに苛立ちを隠せなかった。彼女を置いてきぼりにするのは多少気が引けるが、急用ができた、と言っておけばいいだろう。 誰もいないトイレからテレポートして向かった先は現在の住居として利用しているマンションである。 「真木!」 「あ、少佐」 慌てたような真木の顔に、苛立ちが少しだけ和らぐ。 こちらのかけた携帯にすぐに出ない、ということは緊急事態であることの証だからだ。真木に限って、兵部の呼び出しを無視するようなことはありえない。 「申し訳ありません、少し混乱していまして」 「いや、かまわない。それよりどうしたんだい?」 「は、それが、どうやら勘違いをしていたようで。七か月前の事件に関わったエスパーグループと六條学院高等部の<生徒会>が同じものだと思っていたのですが、そうではありませんでした。ただ加藤という少年がどちらにも在籍していたようです。少佐がお探しの、行方不明の少年ですね。今バベルにハッキングをかけて調べていますが、どうしても機密情報として厳重なロックがかけてあって少し時間がかかりそうなんですが」 「そうだ。真木、その少年の通院記録を至急調べてくれ。総合病院だ」 理由も言わず、また真木の先走った勘違いを咎めたりからかうこともなく命令を下す。 真木はそれに対して何も言わずにしっかりとうなずいた。 「三十分もかかりません。少佐はどうなさるんですか?」 「どうもしないさ。それさえ分かれば加藤くんの居場所が分かるから」 そう言って、兵部は携帯を再び取り出すと、藤井に謝罪のメールを送った。 真木がすぐにパソコンに向かう。 携帯をズボンのポケットに仕舞おうとして、兵部はぶるぶると震えだしたそれを見た。 小さな液晶画面に浮かぶ名前。 舌打ちしそうになって思いとどまる。 『真島』 友人だと思っていた加藤を裏切った男。 自分よりも強い力を持つ友人を恐れた愚かな少年。 そして常に疑い、嫉妬していた哀れなクラスメートだ。 しばらく逡巡して、仕方なく通話ボタンを押す。 「もしもし?」 『兵部。昨日は悪かった。俺、どうかしてたんだ』 「休んだのはさぼり?僕と顔を合わせたくなかったから?」 ちらりと真木が顔を上げてこちらを見た。 睨み返すと、一瞬申し訳なさそうな表情を浮かべて、真木はすぐにモニタに集中した。 電話の向こうから、真島の息遣いが伝わってくる。 焦りと、小さな混乱。不安と怯えの混じった複雑な感情。 彼は周囲に興味がないわけではない。 自分と周りとを遮断することで、もう何も傷つけず、また傷つきたくないという意思の表れだったのだろう。 (弱すぎる) だが、何故か不快ではなかった。 それが人間という生き物なのだと、兵部は理解していた。 『俺、やっぱり加藤を探したい。おまえ何か知ってるのか?』 「何でそう思うんだ?」 『藤井先輩に何か聞いたんじゃないかと思って』 自分はなるべく彼女とプライベートな会話をしないようにしていたのだと、真島は言った。 加藤への罪滅ぼしのつもりで生徒会に入ったが、藤井と顔を合わせれば自然と加藤の話になりそうだからだ。 彼女が必死で弟を探しているのも知っている。 それにきちんと協力しない自分を、藤井が不愉快に思っているのも。 「実は居場所が分かったかもしれないんだ」 『なんだと?』 本当か、と意気込むクラスメートに、兵部は冷やかに言った。 「ついてきてもいいけれど、君は後悔することになるかもしれないぜ。それでもいい?」 国立六條総合病院。 ほとんど誰も知らないが、バベルの管理下にある、大規模な総合病院である。 バベルの任務において負傷したエスパーや、それに関連する人々を治療することを目的として設立されており、一般の民間に開かれたのはずっと後のことだと言う。 そこにはバベルの関係者も多数従事している。 堂々と正門から入ってきた黒塗りの外車を、警備員は不思議そうに見ていた。 降りてきたのは高校の制服を着た少年ふたりと、長い髪をひとつに束ねたスーツの男である。 奇妙なとりあわせだが、きっとバベルの関係者なのだろうと放っておいた。彼は車が入ってきた瞬間、小さく開けられた窓からごく軽めのヒュプノにかけられたことを知らない。 「こちらです」 真木がふたりを導いたのは、一般病棟と入院病棟のさらの奥にある研究棟だった。人気はなく、しんと静まり返っている。たまに遠くの廊下を歩く人のこつこつという足音がやけに響いて、真島はぞっとした。 「ここに加藤がいるのか?」 小さな声で尋ねたが、返事はない。 やがて真木がひとつの扉の前で足を止めた。 兵部と真島も立ち止まる。 扉の上につけられた汚れたプレートを見て真島はわずかに首を傾げた。 「なんだよ、剖検室って?」 「解剖室のことだよ」 さらりと言って、兵部はたじろぐことなく扉を開いた。 中は真っ暗で、誰もいない。 真木が彼につき従うように入って行く。 真島は迷ったまま、誰か人に見られるといけないだろう、と重い足を動かしてそれに続いた。 「明かりはつけないで。ちょっと待ってて」 闇の中で兵部の声がする。 なにやら小さな念波が空気を振動させていることに気づく。 「なにしてるんだ?」 ささやくように尋ねると、すぐ近くで真木が、「サイコメトリーだ」と答えた。 真島は暗がりで何も見えないことにやや不安を感じながら、そっと手をのばして辺りを探る。 指先に触れた柔らかいものは、おそらく真木の髪だろう。 膝を小さく曲げて腕を下げ動かしてみると、何やら硬いものにあたった。 ベッドだ、と瞬時に分かる。 リミッターを外そうか迷ったが、ここが解剖室であることを思い出してあきらめた。きっと見たくもないものを見てしまうに決まっている。 (……じゃあ兵部は何を見ているんだ?) ざわざわと胸の奥が騒ぎ出す。 「なあ、兵部」 たまらず、あえぐように名前を呼んだが、きっぱりと無視された。 額にじわりと汗が浮かぶ。 「ついてきたのは君だろ」 その硬い声には、僅かな憐憫の感情が混じっていたが、真島は気づかなかった。 PR |
![]() |
![]() |
|
![]() |
トラックバックURL
|
![]() |