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行こうか、という兵部の言葉に、はっとして真島は我に帰った。用は済んだとばかりに彼はさっさと部屋を出て行こうとする。真木がそれに無言で続いた。
「ちょっ、待てよ!何なんだ。何を見たんだ?どうしてここへ?説明しろよ!」 「すぐに分かるよ。僕はまだ君のことを友人だと思っている。それが偽りのものでもね。物事には順序というものがある。それに一応君を気遣ってやっている」 「……兵部?」 廊下へ出ると、それまで暗闇の中にいたせいか目が慣れずに視界がぐらついた。 しんと静まり返った消毒液の匂いのする廊下で、兵部の冷たい声だけが響く。 「君の気持ちは分かる。理解したいとは思わないが他人をうらやむ心の弱さは誰にでもあるものだ。だがもう少し相手を見るべきだった」 「なにを、言ってるんだ」 兵部の足取りは迷わず、ただひとつの目的をもってまっすぐに歩く。エレベータの前まで行くと、壁にある案内図を見て真木がボタンを押した。 狭い箱の中で気まずい沈黙が続く。 やがてエレベータは一階に止まった。降りてすぐに、兵部は研究棟から入院棟を抜けて外来病棟へと渡る。患者や病院関係者の姿が目につくようになった。ざわざわと騒がしく、学生服の高校生とスーツ姿の大柄な男の組み合わせも目立たない。 「あっちだね」 ちらりと兵部が振り返って、確認するように真木を見た。 彼が見た案内図を見る。 『歯科⇒』 「……もしかして、加藤が通っていた歯科?」 「知ってるのかい」 「ああ。矯正治療にずっと通っていた」 「ふうん」 それだけ言って、彼は堂々とそちらへ進んでいく。奇妙なことに、何故か看護師や患者の姿はない。 違和感をおぼえて真島は兵部の肩に触れようとしたが、さりげなく真木に阻まれた。 ヒュプノを使って人払いをしたのだと真木には理解できたが、それを教えてやるつもりはなかった。 扉の上のプレートには担当医師の名前が書かれている。 ためらいもなく、兵部が引き戸を開けた。無人の受付を通り過ぎ、奥へと入って行く。 「こんにちは」 「あれ、君は?次の患者さんじゃないようだけれど」 椅子を回転させて白衣の男が立ち上がった。 年は三十台半ばといったところだろうか。おだやかな表情は子供に受けそうである。 「あなたが加藤くんの担当をしていた先生ですね?」 「……加藤くん?」 はて、と眉間に皺を寄せて、考え込む。 「兵部、名前だけで分かるわけないだろう」 一体日々何人の患者を診ていると思うんだ、と真島は抗議しようとしたが、兵部はうっとうしそうに軽く手を振ってそれを制した。 「覚えてないわけないでしょう?あなたの仲間なのだから」 「仲間?」 「そうだよ」 何が気に入らないのか、兵部はひどく不機嫌そうな顔をしていた。ポケットに手を言えれて不遜な態度を隠そうともしない。端正な顔立ちになぜかそのしぐさが様になっていて、見た目通りのお坊ちゃんではないのだと今更ながらに気づく。 「加藤くんは治療のためにここに通っていたわけではない。医者と患者として接触することで周囲にあやしまれないように細工していたのだろう。先生、あなたは七か月前のテロ事件に関与していた、エスパーグループの一員ですね?」 「……え?」 目を見張り、そして真島は医師の腕時計がリミッターであることに気づいた。 エスパーが医者をしていることには何の問題もない。それにこの総合病院には通常よりエスパーの医療従事者が多いことで有名だ。 「証拠は?どうしてこの人が?七か月前のテロ事件って?」 「うるさいな。ちょっと黙っててくれないか」 心底嫌そうに顔をゆがめて兵部が振り返る。 その瞬間、真島は言いようのないプレッシャーを感じて冷や汗が出た。胸を上から押さえつけられるような圧迫感。指一本動かせなくなって、恐怖に駆られた。 (なんだ、いったい) 兵部京介とは何者なのか。 混乱して、叫びだしそうになるのを必死にこらえるように、てのひらで口元を覆った。 「君の顔写真を件のテロリストのひとりに見せたところ覚えてたよ。うまく整形してごまかしているようだけれど、残念なことにバベルの情報の中に整形前の君の写真がちゃんと残っていてね。データをバベルに掴まれているのが痛かったな」 「なにを言っているのか分からないな。君は何者なんだ?患者ではないのなら、すぐに出て行ってくれないか」 「加藤くんの居場所を教えてくれないか。探してる人がいるんだよ」 「だから、そんな子供は知らない!」 冷静さを失って医師が叫ぶ。 兵部は喉の奥で笑って、肩をすくめてみせた。 「どうして加藤くんが子供だなんて知ってるんだい?」 「…………!」 医師の顔色が変わる。 青ざめた彼を、だが兵部も真木も無表情で見つめた。 「なあ先生。あなたのやっていることは隠蔽工作だ。仲間を裏切ることに良心は痛まないのかな?」 一歩前に進み出て、頭ひとつ分高い場所にある医師を見上げた。 「ひとついいことを教えてあげよう。僕はバベルと敵対している。その気になればいつでも潰せる。どうだ?」 「え?」 唖然として真島は口から手を離した。 しばらく何事かを考え込んでいた医師だったが、やがてあきらめたようにうなだれる。 そして決意の表情で顔を上げると、兵部の闇色の目をそらさずに見返した。 「バベルの暗部に関わることだ。俺たちにはどうしようもなかった。本当はこんなこと……ッ!」 (なにを言っている?) そんなことより加藤はどこにいるのか。 苛立ちを隠せずに真島が声を上げようとして、だがすぐに兵部によって遮られてしまった。 「僕が引き受けた依頼はすでに完了しているんだよ真島くん。今は君のために動いてやっている」 真島の方を振り返って、やけに優しいまなざしで兵部がそう言った。 「俺の、ため?」 「そうだ」 兵部が引き受けた依頼、というのは、藤井さとこに弟を探してくれと頼まれたことなのだろう、と見当がついた。 だがそれを完了したというのはどういうことなのか。もし本当にそうなら、それはつまり真島自身の目的をも果たしたことになる。 「さあ、先生。加藤くんの居場所へ案内して下さい」 腕を広げて、兵部がにこりと微笑んだ。 PR |
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