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取り返しのつかないものがある。
ついうっかり口から出た言葉は、なかったことにはできないように。 一度失くしてしまった信頼が、一生傷になるように。 そして、命はひとりにひとつしかないように。 失って初めて気づく大切さ、などと陳腐な歌詞にありがちな感情を、真島は身にしみて理解することとなった。 「嘘だ」 これを、と見せられた真っ白なものを怯えた目で見て、真島は掠れた声で呟いた。 「嘘だ」 そんなはずはない。 「嘘だ!!」 頭をかきむしり、首を振りながら叫ぶ。 「嘘じゃない。ここに加藤がいる」 「少佐……」 感情のない声で告げる兵部に、さすがに真木が止めようとしたが、わずかに上げられた腕はすぐに降ろされた。 医師が手にした白い箱の中には、こじんまりとした骨壺がおさめられていた。 これが人だったのだと、この中にはかつて生きていた友人のなれの果てがあるのだと、そう告げられて冷静でいられるだろうか! 「君はこれを知っていたんだね、先生。通常遺体の身元が分からなければ、解剖して治療痕などで通院歴を調べて特定するだろう?この総合病院で検死解剖された加藤くんはここの歯科に通っていた。なのに身元が分からないままのはずがない。つまり君が隠したんだ。万が一警察が捜査を始めても逃れられるようにカルテも改ざんした」 「……ええ。バベルは彼の死を必死に隠そうとした。私がカルテを改ざんしたのも、バベルの命令によるものだ」 「仲間だったのに?」 「それしかなかった!罪を問われたくなければ協力しろと言ってきたのはあっちだ!それに直接手を汚すわけじゃない。ただ沈黙していればいいと。だから……」 床に崩れ落ち、うなだれたままの真島を痛ましげに見下ろして、医師もまた唇をかみしめて目を閉じた。 「頼む、保護してくれないか」 君たちはバベルを潰せるのだろう、と。 兵部の正体など何も知らないくせに、すがるように男は一歩踏み出して手を広げた。 すかさず真木が割って入り、その腕を乱暴につかむ。 「自分の保身のために仲間の死を隠すか。たいした医者だ。恐れ入るよ」 嘲笑うように言い捨てて、真木に手をはなすよう言った。 「これはおもしろいスキャンダルだね。真木、分かってるな」 「はい。すべて心得ております」 きっと皆本くんも肝が冷えるだろう、と冷笑を浮かべて、静かに涙を流し続ける真島を見下ろした。 「君が彼を怖がってよけいな嫉妬をしている間に、彼はとんでもないことに巻き込まれてしまっていたね。もしちゃんと話をしていたら。君たちが本当に親友だったら、救えた命だったかもしれないぜ?」 兵部の言葉が凶器のように真島の心に突き刺さる。 それは優しさのかけらもない毒だった。 だが、事実でもある。 「君をスカウトできなくて残念だよ」 けれど、君のそういう弱いところが僕は嫌いじゃないよ、と。 小さな声で言って、背を向けた。 特務機関超能力支援研究所B.A.B.E.L.による不祥事発覚。 その見出しはごく一部のメディアで取り上げられたものの、最高責任者である局長および管理下にある職員らには一切無関係の、小さな集団による犯行として内部告発という形で処理された。 兵部たちにしてみればもっと大々的にアピールして彼らの信用を地の底まで落としたかったが、さすがに日本国内においては政府が介入したために報道統制が敷かれたとのことだった。 「つまんないなあ」 そこそこ本気を出せば海外の主要メディアを通じてバッシングを浴びせることもできたが、結局面倒だという理由で却下してしまった。 「七か月前、例のテロリストからの保護を加藤らが求めたとき、それを引き受けて担当になったバベルの職員が、保護する代わりに自分たちに都合のよい情報を持ってくるように言ったそうです。これは上層部には無断の犯罪行為であり、現在その職員とそれに加担した者全員が拘束されました」 淡々と報告する真木は渋い表情である。 あまり後味の良いものではない。しかも、その中心にいて命を奪われたのがまだ年若い少年であり、将来有望なエスパーであればなおさらだ。 「そのグループもテロに加担したことを不問にする、身内にも報告しない、また協力すれば収入をやると上手い言葉に誘われて引き受けたそうです。あの医師を含め彼らは現在バベルによって監視下に置かれていますが……どうなさいますか」 仲間にするか、と真木は兵部に判断を仰ぐ。 だが、彼の上司は飽きた、という顔を隠さずにだらしない格好でソファに横たわり、腕をぶらぶらさせた。 「いいよ。下手に仲間意識の芽生えた彼らを一度に引き込むと内部分裂しかねない。情報担当チームは他にいないわけでもないし、必要ならいくらでもスカウトできるだろ」 彼らに固執することはない、と言われ、真木は小さく会釈で返した。 「加藤の死因は自殺でした。彼の遺体……はもうありませんが、骨は唯一の親族である藤井さとこの元へ返したそうです。自殺の原因は判明しておりません」 「そう」 起き上がって、だるそうに二、三回首を振ると、兵部はソファの背にかけていた上着を羽織った。 「出かけてくる」 「少佐、どちらへ?」 「カノジョのところ」 え、と腕を伸ばして引きとめようとする間もなく、瞬時にして兵部の姿が消えてしまった。 やりきれない気持ちを押しとどめながら、真木は手にしていた書類をぺらぺらとめくった。 この事件が発覚してすぐ、皆本は学校を去った。 チルドレンを監視しているメンバーからの報告では、何やらひどく落ち込んでいるらしいが、その理由が自分の知らないバベルの暗部に失望したためなのか、事件を止めることができなかったからなのかは定かではない。 もし後者であれば、それは傲慢だろう、と真木は思った。 自分たちが七か月前のテロ事件のことを知った時にはすでに加藤は死んでいたのだ。止められたものではないし、自分たちに関わりがあるわけでもない。 だが、保健室で出会った生徒の親友が事件の中心にいたことを知って多少なりともモヤモヤしたものを抱えているは理解できる。 それでも、やはり皆本にも真木にも関係のない、外側の事件であったことに違いはない。 「それよりも少佐はどこへ行ってしまわれたのか」 カノジョ、という聞きなれない単語を耳にした気がするが、きっと疲れのせいで幻聴を聴いたのだろう、と。 そう思うことにした。 PR |
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