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皆本たちは、10畳ほどの和室を二間続けて使用することにした。
部屋はいくらでも空いているが、厨房は当然ひとつしかないわけで、自然と厨房やロビーに近い場所を選ぶことになる。 「うわあ、庭園露天風呂だ!」 「これ混浴?」 「え!きゃぁぁ」 「こらこら」 庭に広がる広い天然露天風呂を見てチルドレンたちがはしゃぐ。 荷物を置きながら、皆本と賢木は苦笑した。 「あいつらどの部屋使ってるんだ?」 「さあ……。でもどうせ食事はしなきゃいけないわけだし、離れまでは行かないだろ」 しかし、あの長髪の男がエプロンをつけて兵部のために料理をするのだろうか、と想像すると何だかおかしい。いや、それはちょっと失礼か。 ひとつ屋根の下、すぐ近くに敵の首領と幹部がいると思うとちょっぴり妙だが、仕方ない。しかしやりあう気はないと言ってはいるがどこまで本気だかわからない。 緊張を緩めるわけにはいかないだろう、と心の中で自分に言い聞かせる皆本の肩を賢木がぽん、と軽く叩いた。 「兵部のやつの具合があんまり良くないっていうのはたぶん本当だろう。顔色悪かったしな。あまり警戒しすぎる必要はないと思うぜ」 「賢木」 「それにほら、せっかく有給使って来たんだし楽しもうぜ」 ほれ、と目を向けると、薫たちはさっそく箪笥の引出しから浴衣を引っ張り出して、お風呂セットを用意しているところだった。 「まずはこの旅館で一番大きい露天風呂よね!」 「せやな!」 「ロビーの向こう側だったよね?早く行こうよ」 キャッキャしながらタオルを手に持って、三人がちらりと男たちを見る。 「皆本と先生は行かないの?」 「うーん、僕たちはちょっと休憩してから行くよ」 「運転し通しだったしな。先に茶でも飲むかな」 「そう。じゃ、行ってきまーす!」 少し疲れた顔を見せる皆本を気遣ってか、それほどがっかりした様子もなく三人は部屋を出て行く。 「変なジジィに気をつけろよー」 「はーい」 一応、兵部のことを意識して忠告してみたのだが。彼女たちはあまり気にも留めていないようだ。 「それより皆本、お茶」 「て、自分でやれよ!」 おまえは亭主関白か、と突っ込みながら、皆本は上着を脱ぎながらいそいそとお茶の用意にとりかかるのだった。そろそろ昼食の準備をした方がいいだろう。 賑やかでいいよね、と笑いながら、兵部は障子を開け放した。 涼しい風が吹き込んでくる。山の上はもう秋だ。揺れる木の葉もそろそろ赤や黄色に染まる頃だろうか。少し天気が悪いのが気になるが、ピクニックへ行くわけではないので多少雨が降ったところでそれすらも良い音色に聞こえるだろう。 縁側へ出て庭を眺めているとちょうど薫たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。同時にぱたぱたと廊下を走る軽い足音。意外と近くの部屋に落ち着いたようだ。 「少佐、あまり風に当たるとお体が冷えますよ」 部屋の中で荷物を整理していた真木がやんわりと説教じみたことを言う。 「このくらい平気だよ。まだ昼なんだし」 「いえ、このあたりは空気が冷たいですし」 せめて上着を、と差し出された羽織を仕方なさそうに受け取って肩にかけた。 この調子では、露天風呂に入りたい、と言っても速攻でだめだと言われるだろう。 ふだんなら、やりたいことはやるし真木の忠告などまるで無視して行動するのだが、さすがに今の状況でそれは気が引ける。心配されるのが心地よい、という意識も働いて、珍しく今日の兵部は大人しい。 「少佐、あまり部屋を出てうろうろしないで下さいよ。チルドレンやメガネたちに会うと厄介ですから」 「そう?別にいいじゃないか。それにどうやったってどこかでは顔を合わせるだろうし、ここにいる間くらいは友好的にやったって罰は当たらないぜ」 「馬鹿なこと言わないで下さい、やつらは敵ですよ!」 「固いこと言うなよ」 ぎりぎりと眉間に皺を寄せながら無意識に髪をうねらせる真木に笑って見せる。 この分では夕方からの仕事をキャンセルしてやっぱり残ります、などと言い出しかねない。だが、予定されている仕事は大きなもので、兵部が顔を出すはずだったものだ。代りを務められるのは当然ナンバー2の真木くらいのもので、それを放り出すことはパンドラという組織を担う幹部として褒められたものではない。 「それより食事はどうするんだい?あんまり食欲はないけれど、蕎麦くらいなら食べられるかな」 本当は何も食べる気分ではないが、あまり心配させると本当に仕事を放り出しかねないので、一応優等生じみた事を言ってみる。それに葉と交代すれば、きっとあの年若い部下兼養い子は多少羽目を外したところで真木のように堅苦しい説教などしてこない。真木には悪いがもう数時間の辛抱だ、と自分に言い聞かせる。そうでもしなければ遊びたいといううずうずした気持ちを抑えられなくなってしまう。 ふふ、と息を吐くと、敏感にそれを察知して真木が何か言いたげに口を開け閉めした。 「お部屋にお持ちしますよ」 「厨房の隣りの大広間でいいじゃないか。ここまで持ち運びするの面倒だろ」 「いえ、お持ちします」 あくまで頑なに、部屋から出るな、と主張する。 しかしさすがに兵部もむっとして、首を振った。 「嫌だ。広間で食べる。昨日だってそうしたじゃないか」 「しかし」 「できるまで寝てるから、準備できたら呼んでくれ」 「あ、ちょっと!」 それだけ言って、部屋に入ると座布団をふたつに折り曲げて横になってしまった。 臍を曲げる直前、といった様子に、真木は深く嘆息しながら布団をかけ、障子を閉める。 「分かりました」 それでも食事をとってくれるのはいいことだ、と、自分に言い聞かせて、真木は立ち上がった。持参したエプロンももちろん装着済みである。 きちんと髪を束ねながら、その外見とは裏腹に所帯じみた仕草でぺたぺたと廊下を歩く真木だったが、暖簾をくぐって厨房に足を踏み入れたとたんどっと後悔した。 「よいしょぉ!」 「もっともっとー!」 「あらよっと!」 「ほいさー!」 なにやら餅でもついているようなかけ声。 「……何をやっているんだきさまらは」 「あ、兵部の部下の」 皆本と賢木が、粘土の塊のようなものを台に叩きつけている。ふたりとも白い粉まみれだ。 「ええっと……そば打ち」 「……………」 なんだか頭が痛い。 PR |
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