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うつむいたまましゃがみこんで地面を眺めていると、いつの間にか頬を涙が伝っているのに気づいた。かさりと人の気配を感じて慌てて手首で拭い、何事もなかったかのような顔を作って振り向く。
子供のしぐさではない。ましてや、まだ十歳かそこらの、泣いたり笑ったりといった感情をむき出しにして当たり前の年である。 けれど、その子供は自分が人とは違う事を知っている。 「まだこんなところにいたのかい」 優しい男の声が降り注いで、再び涙がこぼれそうになった。ぐっと唇をかみしめて堪える子供の表情に、男が僅かに眉をひそめた。 ぽん、と頭に置かれた手のひらは暖かく大きい。 しばらくそうしていたが、やがて男は彼の頭から手を放すと、隣りにしゃがみこんで、地面に落ちている石の破片を拾った。 「?」 何をしているのだろう、と不思議に思って見ていると、男はその石の尖った部分で木の幹をがりがりと引っ掻き始めた。 無言でそれを見守る子供に振り向いて男は笑った。 「ここに印をつけておこう」 いつまでも忘れないように。 いつまでも見守ってくれるようにと。 その言葉に、子供は嗚咽を漏らして泣き始めた。 そっと抱きしめられる腕が暖かくて、涙が止まらない。 ****************************** 「ずいぶん遅かったね」 部屋へ兵部を起しに行こうとしていた真木は、厨房の隣りの大広間から彼の気配を敏感に感じ取って方向転換した。中をのぞくとすでに温泉から上がったらしいチルドレンたちが赤らんだ顔で座っている。宴会場のような広い畳の広間に大きな食卓が六つほど並べてあり、そのうちのひとつに兵部とチルドレンたちが一緒に座っていた。 紫穂や葵は困惑した表情を浮かべていたが、拒否はしなかったらしい。確かにこれだけ広い部屋で遠くに離れて座るのも変な気がするから、これでいいのだろう。 「申し訳ありません、実は……」 「はいよいっちょあがり!」 真木の後ろから賢木ば大きなお盆を手に現れる。 「先生」 「いやー、さすがに麺打ちから始めるとは思わなかったぜ。さすが天才」 「天才の使い方間違ってない?」 非常に的確な突っ込みが紫穂が入れて、賢木と一瞬睨みあった。 「なに、まさか麺から打ったわけ?」 「はあ……」 皆本と賢木が粉まみれになって麺を打つのを半ば唖然としながら眺めていた真木だったが、彼らが麺を手作りするのに対して敬愛する兵部にスーパーで買った麺で蕎麦を出すのは非常に抵抗を感じたらしい。気づけば皆本の指導のもと何だかんだでよいしょーっと麺打ちに参加していたようだ。 「ぷっ」 「笑わないで下さいよ!」 想像して吹き出した兵部に、真木は顔を真っ赤にしながら叫んだ。 「ふうん、でもおいしそうだね」 「さっきからびったんばったんやってるから何してるのかと思った」 呆れたように薫が言って、だが賢木と真木がそれぞれ丼をテーブルに置いて行くのを見て嬉しそうな笑みを浮かべる。 「本当だ、おいしそう」 「皆本さんは?」 「ああ、あいつは付け合わせのおかず作るってさ。そっちのふたりの分も一緒に作ってくれるらしいぜ喜べ」 「ふん。頼んでないけどね」 「可愛くねえなぁ……」 鼻を鳴らす兵部に賢木はむっとして歯を剥いたが、どちらも本気の表情ではない。真木は複雑な顔をしたが、ここは喧嘩をする場面ではないだろうと文句を飲みこんだ。まずは兵部に食事をきちんととってもらうことが最優先である。 「どうでもいいけどさあ、君のその格好どうにかならないわけ」 ずるずる麺をすすりながら兵部は向かいに座る真木をちらりと見た。 「はい?」 「はい、じゃないよ。温泉旅館に来てまでスーツっておかしいだろ。せめて普段着にしろよ」 「いえ、しかしこれから仕事に戻りますし」 「あ、そうだった」 皆本が盆に天ぷらやサラダを乗せて運んでくる。 「これ、好きに取って食べていいから」 「どうも」 大皿に山のように乗せたおかずを指して言う皆本に、兵部は軽く返事をして取り皿を受け取る。 「真木、さん。これから仕事なの?」 箸をくわえて薫が尋ねる。 「京介具合悪いんでしょ」 「大丈夫、あとで葉がくるから」 「……あのガキがくんのかよ」 嫌そうに賢木が舌打ちした。 「あのバカは?桃太郎もいないし」 あのバカ、と言うのは澪のことだろう。気にかけるような薫の言葉に、兵部はくすりと笑って熱いお茶をすする。 「澪は学校。桃太郎はパティ……他のメンバーと一緒にアキバに行っちゃったよ」 澪はともかく、ももんががアキバに何の用があるのか。 皆本たちは非常に気になったが、素知らぬ顔で黙々と食事を続ける兵部に何も言えず、無言で勝手な想像をしていた。 「……ま、まあももんがだってアキバくらい行くよな」 取り繕うに皆本が言って、ハハハと乾いた笑い声が響く。 いや行かないだろ。 そんな突っ込みをするべきか否か、真木は真面目に三十秒ほど悩んだ。 PR |
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