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片づけは私たちがやる、としおらしげなことを言い出した少女三人が厨房の洗い場へ引っ込むと、自然と敵味方に分かれた男どもがのんびりとお茶をすするちょっぴりシュールな光景となる。真木はちらちらと腕時計に目をやりながら、針が動くのを内心びくびくしていた。本当はこんな場所に一秒たりともいたくない。それにこんな状況で葉と交代して、はたして何事もなく済むだろうか?
ふいに兵部が湯呑を押しやるとべったりとテーブルに突っ伏した。 「少佐、大丈夫ですか?」 慌てて薄い肩に手をかけて顔をのぞきこむ。 兵部はわずかにぼんやりした表情で、銀色に鈍く輝く髪の隙間から忠実な部下を見返した。 「眠くなってきた」 「部屋へ戻りましょう。ああ、食後のお薬を飲まないと」 水をとってきます、と立ち上がって、一度部屋を出ようとしたところで再び戻ると着ていた上着を脱ぎいそいそと主人の肩にかけた。 どう見ても、浴衣の上に羽織った羽織りの上に大きな黒いスーツの上着は不釣り合いだが、それ以上に、サイズの大きなそれに埋もれてしまう体がやけに頼りなく見えてしまいかえって不安を煽る、と真木はちらりと思った。 「甲斐甲斐しいよねえ」 ぽつりと兵部が呟く。 くもぐってよく聞こえなかったが、耳ざとく皆本がそれを拾って兵部の顔をのぞきこむように頭を下げた。 「おまえ熱あるんじゃないか?顔赤いぞ」 「パンドラの首領も風邪をひくのか」 「君、僕を何だと思ってるわけ?」 「いや、べつに……」 おそらく医者としての無意識の行動なのだろう、(普通なら兵部相手にこんなことは絶対にしない)賢木がす、と腕をのばして兵部の額にてのひらを当てようとする。触れる直前で、兵部は煩わしげにそれを振り払った。 「触るなよ」 「可愛くねえジジィだな」 「悪かったね」 ふん、と鼻を鳴らしてそっぽ向く。 コップに水を注いで真木が戻ってきた。ポケットから透明の袋を取り出し、開けようとしたところではっとする。 「少佐、お部屋へ」 「そうだね」 大量に薬を飲む様を見せるわけにはいかないだろう。 真木に腕をつかまれて兵部がよろりと立ち上がった瞬間、がんがんがん、と玄関の扉を乱暴に叩く音が響いた。 「おーい開けろよー。ていうか破壊していいー?」 「……来たみたいだね」 「葉、ちょっと待ってろ!それと破壊するなっ!」 長い廊下の向こう、玄関の外へ向けて真木が怒鳴り、それでも兵部をゆっくりと支えて部屋へと連れて行く。 残された賢木と皆本は、顔を見合せて、間違いなくこの先ひと悶着あるだろうと溜息をついた。 「ねえ、玄関の鍵開けてきた方がいい?」 濡れた手をぬぐいながら薫たちが戻ってくる。 「そんな必要ないわよ。というより私、あの鳥頭大嫌いなんだけど」 「紫穂ってば……」 むっとしたように言い放つ紫穂に、薫が困ったように皆本を見た。 どういうわけか、彼女は葉という男を毛嫌いしているらしい。 薫は彼が、兵部のことが大好きだと、家族だから助けたいのだと必死で食い下がったあの光景ばかりを覚えているのでそれほど悪いイメージは持っていなかった。何がそんなに紫穂の逆鱗に触れたのか知らない。 「まあ、ここで喧嘩をすることはないんだし、きっと兵部や真木が説得するさ」 「だといいんだけど」 それでも信用ならないわ、と頬を膨らませて、紫穂はどさっと乱暴に座布団に座った。そそくさと葵が彼女にお茶を渡す。 「あ、」 ふいに薫が顔をあげて、外の中庭に通じる障子を開けた。 「雨降ってきた」 賢木がテレビのリモコンをたぐりよせて電源を入れると、ちょうど天気予報士が大きな天気図を指しながら深刻な表情で、警告しているところだった。 「……地域はこれから暴風域となるでしょう。付近の住人のみなさまはじゅうぶん警戒して下さい。また山沿いではがけ崩れにご注意下さい」 「え、台風きてんの?」 不安げに空を仰ぐと、どんよりと灰色の厚い雲が地上を覆っていて、まだ昼間にも関わらずすでに夕方のように暗かった。 「最悪!びしょぬれじゃねえか!」 ぷりぷりと怒りながら、葉がタオルで乱暴に頭をかきまわす。 もとより癖の強い髪の毛がよけい逆立って、まるで寝起きの子供のようだ。 「ごめんごめん。まさかこんなに風が強いなんて」 軽く手を振って笑いながら、座椅子から末っ子を見上げ、兵部は肩をすくめてみせた。 「ちぇっ。途中ふもとの町に買いものに寄ろうとしたけどできなかったじゃん」 「買い物?」 「必要なものは一通り買い込んでいるぞ」 何を買うつもりだったんだ、とふたりが怪訝な表情で首を傾げると、葉は拗ねたように唇を尖らせながら、言った。 「食い物。だって俺料理とかできねーもん」 そもそも病人食なんてお粥くらいしか作れないのだと下唇を突き出してタオルを放る。 「いやだろアンタ、そういうの」 「嫌だね」 「ほら。だからカップ麺でも調達してこようと思ったんだよ。どうせ真木さん高級食材はそろえてるんだろうけど、俺そういうのあっても使えねえから。残念だけど」 「……そうだった」 うかつだった。 だが、真木のタイムリミットはすでに一分オーバーしている。 「真木はここから直接仕事に行くから車使うしね。さすがにびしょぬれのスーツ姿で交渉相手と会うのはどうかと思うし」 そうなのだ。天気予報にまで気が回らなかったのは非常に珍しい。それほど兵部の容体を気にしすぎていて、肝心なところがすっぽり抜けてしまっていた。そもそも葉を応援に呼ぶ時点で、自分が兵部の世話をするようにはいかないことを考えておくべきだったのだ。 「ほらほら、行った行った」 急かすように真木の背中を軽くサイコキネシスでぐいぐい押して兵部が追い出そうとする。 何とか踏ん張りながら、真木は情けなく眉尻を下げながら、深々と頭を下げた。 「すぐに戻ります」 「いいよ別に」 「行ってらっしゃーい」 あっさりと軽く手を振られて、真木は肩を落とすのだった。 ひどく嫌な予感がする。 PR |
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