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とりあえず、自分でも使えそうな食材があるだろうか。
うんざりしながら厨房へと向かっていた葉は、さほど足を進めないうちに廊下であまり聞きたくない声を聞いて立ち止まる。同時にぺたぺたと足音が響いて、角を曲がってこちらへとやってくる相手に苛立ちを隠そうともしなかった。 「あ、」 最初に声をあげたのは薫だ。隣りには皆本がいて、彼は手に浅めの皿を持っていた。中には丁寧にウサギ型に切り分けられたリンゴが載っている。 「真木さん、もう帰っちゃったの?」 「……おう」 薫や皆本からはそれほど敵意を感じない。 休戦状態にあるというのは本当だろう。葉は自分が勝手に天敵だと思っている、紫穂や賢木がいないのに内心ほっとした。 「これ、あいつに」 「……少佐に?」 「ああ。さっきあんまり昼飯食べられなかったみたいだし。おまえは?食事は済ませてきたのか?」 なんでこいつは、敵方の食事の心配などしているのだろう。 すっかり気がそがれて疲れたように息を吐いた。 「朝遅かったからいらない。それよりさあ、カップ麺とかレトルトとかある?」 遠慮がちに皿を受け取りながら尋ねると、薫が笑いながら、 「ないよ。皆本も先生もそういうの嫌いだし。真木さんも野菜とか果物とかはたくさん持ってきたみたいだけど、レトルトもカップ麺もないよ」 「まじかよ」 予測はしていたが、こうもはっきり否定されるとがっかりだ。 「ん?何だおまえかよ」 皆本たちの背後で声がして首をのばすと、思った通りあのヤブ医者が現れた。 舌を出して威嚇してみせたが、鼻で笑われてしまった。 (むかつく) だが、それよりも大事なことがあるのだ。 怒りをいったん収めて(だが賢木たちには葉の子供っぽいしぐさに呆れただけだった)殊勝な顔を作って見せた。 「あのさあ、車貸してくんない?」 「車?」 確かにここへは車で来たけれど、と皆本は眼鏡の奥の目をぱちぱちさせた。 「そ。ふもとの町まで行きたいんだ」 「おまえちゃんと免許持ってるんだろうな?」 「あるよ。外国のだけど」 嘘である。 だが、真面目に免許をとった真木の運転をいつも見ていたし、偽造の免許証だってあるからいいのだ、と心の中で言い訳しながらへらりと愛想笑いを浮かべてみた。案の定賢木に疑わしげな顔で睨まれる。 免許証を見せてみろ、と言われたら、個人情報だぞ!と言ってごまかすつもりだった。 「……そりゃ雨の中飛べとは言わないけど、大体のものならそろってるぞ?」 「カップ麺食べたいんだって」 薫がフォローするように言ってくれたが、誤解されているようである。 だが、まさか料理ができないから買い出しに行くんだなどと恥ずかしげもなく暴露できるはずもなく、葉はあいまいにうなずいた。 「そうまでして食いたいのかよ」 呆れたように言って賢木が腕を組んだ。 「皆本、私も行きたい。おやつ買いそびれちゃった」 「おまえな……」 「薫ちゃんが行くなら私も行くわ!」 「うちもや!」 「うわっ?」 突如として、ふたりの少女が現れる。テレポートしてきたのだろう。 「……久しぶりね鳥頭のお兄さん」 「……そうだな、いい性格してる女帝さま」 ふたりが火花を散らしてにらみ合う。 「……まあまあ。どうする皆本?」 攻撃的な青年は危険だが、チルドレンが三人一緒なら平気だろう、と皆本は賢木に苦笑してみせた。 「わかったよ。けど台風が来てるみたいだし、気をつけろよ」 「非常食も買い込んでくるね。しばらく山降りられなくなったら困るもんね」 「帰るって選択肢はねーのかよ」 放り投げられた車の鍵を受けとめながら葉は期待を込めて提案してみたが、三人の少女たちが一斉に首を横に振った。 「ありえない!」 「……あっそ」 そっけなく返して、リンゴを少佐に渡してくる、と部屋へと戻りながら、後ろで「玄関で待ってるから!」と叫ぶ薫の声を背中で受け止めた。 なんだか面倒なことになってきたな、と思いながら、リンゴをひとつ失敬して口の中に放り込む。じんわりとした甘さが広がふと同時に、うっとうしい雨の音が少しだけ激しくなったような気がした。 PR |
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