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「雨ひどくなってきたな」
障子を小さく開けて賢木が呟き、部屋へはいりこんでくる強くて冷たい風にぶるりと体を一瞬震わせてからすぐに閉めた。テレビでは緊急ニュースが流れており、皆本が真剣な表情で見つめている。 台風は勢力を増して拡大しており、予想以上の速さでこのあたりへと接近しているらしい。 天気予報はいくら外れても文句を言われるだけだから呑気だよな、とふたりは罪のないアナウンサーを渋い顔で見た。 ぺたぺたと足音がして、廊下がきしむ音が近づいてくる。 入るよ、という声と同時に遠慮なく扉が開いた。返事をする暇もない。 「おまえな」 呆れて声をあげると、浴衣姿の兵部が悪びれもせず笑った。 「暇なんだもん」 「だからって……」 わざわざ嫌いな敵の元まで構ってとやってくるか普通、と片方の眉をあげながら賢木は舌打ちした。 見れば皆本は嫌そうな顔を瞬時におさめて、お茶の支度などしている。 もてなそうとしているのではなく、おそらく無意識の行動だろうと思った。 この甘いお坊ちゃんはどこまでも律儀な男である。嫁にしたいくらいだ。 促されるでもなく、兵部は部屋の隅に積んである座布団を引っ張ってきてテレビの向かい側に座り込んだ。差し出された熱いお茶を両てのひらで包み込んで息を吹きかける。 「台風、直撃コース?」 「みたいだな。雨風が強くなる前にあいつら帰ってくればいいんだが」 「そうだよね。さすがに飛べないしね、これじゃ」 雨の中のテレポートも無理だろう。 ふもとの街からこの旅館まで直でテレポートできればいいが、そううまくいくだろうか。できたとしても、そうすると葉がひとり取り残されることになる。置いてけぼりを食らって彼が平然としていられるはずもなく、怒りにまかせて車を破壊しかねない。 「おまえ寝てなくていいのか?」 「寒いんだよあの部屋。隙間風入ってくるのかなあ」 「山の上だから冷えるしな。ストーブは?どこかに仕舞ってあるんじゃないのか?」 「僕にそれをやれって?」 睨まれて、皆本はなんて面倒な奴だと嘆息した。わがまま言いたい放題の年寄りめ。 そこまで考えて、思考を読まれたかとあわてて兵部を見返したが、彼はぼんやりしたままだるそうに頬杖をついてテレビを見つめている。毛布でも持ってきてやろうか、などと甘いことを思ったのは、やけに彼の肩が寒そうだからだろうか。あのふわふわの桃太郎がいないのも原因だろう。あれは実に暖かそうだから。 「隣りの部屋に布団敷いてやろうか?」 つい口に出してから、はっと皆本は顔を赤らめた。相手はあの最強最悪のエスパー犯罪者なのだ。これではまるで子供か無力な老人を相手にしているようではないか。 気まずい沈黙が数秒続いて、兵部がゆっくりと顔をあげると馬鹿にしたような表情を浮かべてせせら笑った。 「なんで?」 「……いや、ええと……」 怒ったのだろうか。照れている様子ではない。皆本にも賢木にも、兵部の扱い方が分からない。考えたこともない。 しどろもどろになってしまった皆本を助けるように、賢木が兵部を指差した。 「おまえが具合悪そうにしてるからだろ。このお坊ちゃんはそういうの見逃してらんねーの。いくら敵同士でも心配してやってんだよ」 「え?」 その言葉に、兵部がぽかんと口を開けた。 (なんだその顔は) 彼は心底驚いたらしい。まじまじと皆本の顔を見つめて、やがてぷっと笑った。 「なんでそこで笑うんだ!」 恥ずかしさのあまりに怒鳴る皆本に、兵部はひらひらと手を振ってなだめるように笑いを引っ込める。 「いや、ごめん。別に馬鹿にしたわけじゃなくて。君たちはおもしろいね」 「はあ?」 腹の中ではごちゃごちゃとしたものを抱え込んでいるくせに、相手が病人だから、という理由だけで普通に面倒を見ようとしているところが。 とても、おもしろいと思った。 ちかっ、と部屋の電気が一瞬光った。 「うわ、こりゃやばいな」 三人とも上を見上げて、顔を見合わせる。 「風が強いから、停電になるかもな」 「ちょっと僕懐中電灯探してくるよ。ここに集めておこう」 「そうだな。俺もちょっと準備しておく。兵部、おまえここにいろよ」 「大げさじゃないか?たかが台風だろ」 皆本と賢木が同時に腰を上げたのに対して兵部が呆れたような声をあげた。 「備えあれば憂いなしって言うだろ。ついでにストーブか電気カーペット探してくるよ」 その言葉に、兵部は何も言えなかった。 「何だ、じゃあ別にあんたが食べたいわけじゃないんだ」 薫に言われて、馬鹿にされたと思ったのか葉がむっとしたように彼女をにらんだ。 「しょうがねえだろ。俺料理できねーもん」 「皆本はんに頼んだらええんとちゃう?昼ごはんの時も一緒やったで?」 「本当、人がいいんだから」 一個98円のカップめんを手にしてじっと見つめている葉に、葵と紫穂も声をかける。 突風が吹いて、店のガラス戸ががたがたと不満げな音を立てて揺れた。 「ああ、こりゃいけないな。雨戸閉めておかないと」 「お嬢ちゃんたち、大丈夫かい?山の上の旅館まで帰れるかい?」 店の老夫婦が心配そうに外を眺める。きっと葉とチルドレンの組み合わせを、兄妹かそれに似たものだと思っているだろう。 「この辺りは地盤が緩いからねえ。この間の大雨の時もがけ崩れが起きて大変だったんだよ」 不吉な言葉を吐いた老婆に、彼らは肺の中の息を吐き出して、灰色の空を見上げた。 PR |
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