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飛んで行ってしまう!と、誰かが叫んだ。
守らなきゃ、あの人が残そうとしてくれた小さな墓を。 彼が石の破片で削ったあの跡は、年月とともに掠れてしまいわずかな傷にしか見えないけれど、それでも大事な思い出の一部だった。 命あるものはいずれ消えてしまうのだよ。 だから、死んでしまう前に精いっぱい生きなければならないのだ。 「お国のために?」 当然のように尋ねる子供に、男はひどく複雑な顔をした。 その理由を、一度聞いてみたいと思いながらそのまま忘れてしまっていた。 彼は国を守るためならその手をどれだけ汚しても構わなかったのだろうか。 ではそのために自分は殺されたのだろうか。 国のために? では、国のために戦った自分は、一体なんなのだろう? 「兵部、おい」 遠くでやけに焦ったような声がした。だるくて目を開けていられない。意識が浮上すると同時に寒いな、と思ったが、肩は分厚くて重い何かがかけられていて、寒いのはそこからはみ出した腕や顔なのだと、ようやく認識した。 だったら全部丸まってしまえ。 再び眠りに落ちて行こうとする。 「おい!」 今度は強く肩を揺すられた。 せっかく気持ちよい浮遊感に漂っていたのに。 兵部は不機嫌そうに目を開けて、こちらをのぞきこむ男を見た。 たいちょう、と無意識に口が動いて、慌てて跳ね起きるように体を起こした。 声に出なくて良かった、と内心胸を撫で下ろす。 「大丈夫か?こんなところで寝るから」 「……寝てたんだ、僕」 「そりゃあもうぐーすか熟睡してたぞ。テレビ見てるのかと思ってたけどやけに静かだったから見たら寝てるし」 賢木は立ち上がって、空調を調節した。少しだけ部屋の温度を上げる。 結局物置に突っ込まれたままのストーブは役に立たず、古い空調設備に頼るほかないようだった。ちかちかと何度か電気がちらついて不安をあおる。外は風がますます強まってがたがたと雨戸を揺らしていた。屋根にたたきつけるような雨音は激しく、テレビの速報が大雨強風注意報が発令された地域をずらずらと流している。 部屋の隅に積まれた毛布が気持ちよさそうで、兵部は毛布にくるまったままずりずりと移動してふわふわの山に体を倒した。はみ出した足を折り曲げて胎児のように体を丸めてみる。 「おまえ大丈夫か?」 同じ質問を繰り返して、皆本が兵部の肩に触れる。必要最低限のESPのみを除外してそっと封印しているため彼の心は読めないが、伝わるてのひらの温度が暖かくて、本当に心配されているようだと思った。真木よりは若干小さめだが、彼よりは体温が高い。 「賢木、体温計あったよな」 「確か救急箱に入れてきただろ」 用意がいいな、と苦笑しながら、応急処置用のガーゼや風邪薬などが入った箱を旅行用鞄から取り出して、体温計を手渡した。 「ほら兵部、これで熱測ってみろ」 「ん」 そうか、だるいのは熱が上がっているからか。 今更のように納得して、文句を言う気力もなく素直に受け取る。 ゴォォォン、と地響きのようなものが鳴った。同時に電気がちかっとまた点滅する。 「今の雷か?」 「皆本、携帯鳴ってる」 「あ」 きっと薫たちからだろう。 皆本は慌てて携帯のボタンを押して耳に押し当てた。 「もしもし?ああ薫か。そっちは大丈夫か?戻ってこれそうか?」 『それが、ダメみたい。山道が土砂で埋まっちゃったって。あと今の音、たぶんがけ崩れが発生したんじゃないかって、おばあちゃんが』 携帯の向こうから薫の声が漏れ聞こえてくる。 「おばあちゃん?」 『商店のおばあちゃん。旅館に戻れないようなら泊めてくれるって言ってる』 「代わってくれ」 薫と、商店のおばあちゃんとやらが交代したらしく、皆本はひたすら低姿勢になってぺこぺこ頭を下げ始めた。 ぴぴっと小さな電子音が鳴る。 賢木が手を伸ばしてきたので、兵部は自分で表示を確認しようともせずに手渡した。 「ちょうど38度か。おまえ平熱どのくらい?」 「知らない。36度くらいじゃない?普通」 こいつは平熱低そうだな、と思いながら、賢木の手が兵部の額に触れようとする。 さっきは振り払われたが、前髪の上からぺたりと手をつけても今度は何も言われなかった。苦しそうな様子はないが、ぐったりと体の力を抜いて毛布の山に横たわる少年の体が頼りなく見えて、心もとない。 「解熱剤飲んでおくか。ちょっと水とってくるから」 賢木が部屋を出るとすぐに皆本が携帯をこちらへ向けてきた。 「おまえの部下から」 「葉?」 受け取って、耳に押し当てる。 「もしもし?」 『少佐!悪い、そっち戻るの遅くなりそう』 「いいよ。それよりチルドレンたちを頼むよ」 拗ねたような、それでいてこちらの身を案じているのだろう心配そうな声音につい笑みが零れる。 『なんで俺がこいつらの世話なんか』 言いかけて、葉のそばでぎゃんぎゃん文句を言っているらしい少女たちのにぎやかな声が聞こえた。 「ふふ。まあ仲良くしろよ。こっちは心配ないよ」 『……本当に?』 「平気だって。雨が止んだら帰っておいで」 『了解。あ、それと……』 何か言いたげな葉の言葉をさえぎるように薫の声が響く。 『京介!ちゃんと寝てなきゃだめだからね!犬に気をつけてね!』 「は?」 何の話だ、と疑問に思う暇もなく、後ろから手が伸びて皆本が携帯を奪った。 「薫、ちゃんとそちらのご夫婦のいうことを聞いて、おとなしくするんだぞ」 (犬?) くどくどと過保護なせりふを垂れ流すのを聞き流しながら、兵部は再び毛布にくるまった。 犬ってなんだ。 PR |
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