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夢、というほどのものではない。
ただ、現実と夢とが同居していて、視界が二重写しになっているようなものだ。 白昼夢に似ているが、それでもきちんとリアルでの話声や時計の音が聞こえるのだかから、妄想と言った方がしっくりくる。 思い出したくもないのに今でもはっきりと覚えている深い声音と、別に似てるはずもないのにダブって見えてしまう眼鏡の生意気な男の声が重なる。 「……だから、早めに……」 「だな。ん?兵部、起きたか」 「布団行けって言ってるのに」 たたみかけるように話しかけられて、眉間にしわを寄せながら(それは右腕の専売特許なのだけれど)うっすら目を開ける。 とっくに日は沈んでいる時間で、だが降り出した雨風のせいでもうずっと外は暗いので時計の針で確認しなければそうとは気づかなかった。 「何話してたんだ?」 「うん、まだ6時なんだけどさ、早めに夕飯の支度しておこうかと思って」 「……あ、そ」 やけに真剣な表情で大の男が夕飯の支度の相談か。 これが真木相手であれば盛大に突っ込みを入れて爆笑するところだが、何だかどうでも良くなって、曖昧に返事をすると毛布の上に頬をこすりつけた。ふんわりしたそれは上質なものだ。ここへきてすぐに真木が外に干したからだろうか。あの時間はまだ晴天で、ここまで嵐になるとは予想もできなかった。どんなに高レベルのエスパーであっても天気を予測するのは難しいらしい。それが、人間の限界なのだろうか、と考えて、だがテレポートやサイコキネシスといった能力はやはり不可能を可能にしてしまう力なのだから天気予報ができないのはおかしい、とも思う。しかし予知能力を少しだけ持っているカガリが、天気予報士の予報を覆したことはない。 (変なの) 「どうした?」 「ちょっと、天気について考えてた」 「は?ああ、雨止まないな」 勝手に納得したように皆本はうなずいた。 ちかっ、と部屋の電気がまた一瞬暗くなる。 「おにぎりでも作っておくか。まだ腹は減ってないけど、夜食用に」 「あと蝋燭。あるかな」 「たぶん」 ばたばたと再び停電時の準備を始めるふたりを億劫そうに眺めて、もしかしてこいつら、楽しんでないか?と思う兵部であった。 そう、まるで台風で停電が起こってきゃっきゃと騒ぐ子供のような。 (昔は、怖かったけどな。暗いのとか、激しい雨とか) 真っ暗闇の中で揺れる蝋燭の灯りはとても不吉で、上空で唸る戦闘機の音に不安を覚えた。自分たちに戦う力はあるけれど、一緒に地下で戦略を練る大半の軍人はただのノーマルで、もっとも信頼を置いていた男にも武器で戦う以外何の力もなかったのだ。 ちょっと空を飛んで行って、うるさいハエを落とせばいいじゃないか。 そう軽く考える程度に子供は幼く、無邪気で残酷だったけれど、それでも夜の闇と絶え間なく続く雨の音は、爆撃よりはるかに恐ろしかったのだ。 誰かの腕に抱きしめられる暖かさに安心するほどに。 ぼんやり頬杖をついてテレビを眺めながら、葉はもう何度目になるかも分からない溜息をついた。すぐ隣りのリビングでは、老夫婦とチルドレンたちが何やら楽しげに会話を交わしながらおやつを食べている。 ふいに雨の音を割るようにして、遠くで犬の遠吠えが響いた。 長く尾を引く鳴き声はたまにテレビなどで耳にする切ない声ではなく、力強い。 はっとして顔を上げたのに反応して薫が振り返った。 「あ、いまの。さっき言ってた野犬だね」 「ああ、まただねえ。あれは不吉だねえ」 のんびりとお茶をすすりながら老婦人が顔をしかめる。 「山の上の旅館は大丈夫かね。まあ、もう昔の話だから気にすることはないけれど」 それは、季節にそぐわない怪談ではなく現実の話だった。 一年か二年に一度、この周辺の山に入ったものが野犬に襲われるという事件。 毎年、このふもとの街と山の集落の役場や消防団が野犬狩りを行っているのだが、当然全滅させるようなことはできずに犠牲になる人間が後を絶たないのだという。 (まあ少佐が犬に襲われるようなことはないだろ) ありえない、と首を振って、ぞくぞくと寒気がするのは気温が下がっているからだろうかと肩を震わせた。 「おばあちゃん、昔の話って、あの旅館で何かあったの?」 老婦人のせりふに引っかかったのか、紫穂が急須に新しいお湯を注ぎながら尋ねた。 「そうそう、まだ旅館が盛況だった昔ね、ちょうどこのくらいの時期に湯治にきた若者が旅館の中で死んでいたという事件があったの」 「うぇ、何それ」 「もしかして野犬の仕業?旅館の中なのに?」 「そういう話だね。長く生きる生物は化けるからねえ」 「そんなアホな」 狐や狸じゃあるまいし、と笑いながらも葵の顔がひきつる。紫穂も若干顔色が悪くなった。彼女は怪談が大嫌いなのだが、葉はそれを知らない。 「平気だろ。あっちには化け物より強いのがいるし」 「男三人もいて犬に襲われるって、ありえへん」 それが、ただの犬ならば。 チカチカと電気がちらついた。 「ああ、懐中電灯と蝋燭を用意しておこうかね」 「それとご飯もね」 ゆっくりと老婦人がたちあがり、隣りに座っていた薫が椅子から飛び降りて彼女を支える。 チン、と昔ながらの黒電話が一瞬鳴った。 「ん?」 葉は立ち上がり、気温の低い廊下に出て、電話の受話器を持ち上げる。 「あれ、ツーツーて鳴ってるけど……故障か?」 「ねえ、携帯のアンテナ立ってる?」 メールを送ろうとして失敗した紫穂が、いったんあきらめて待ち受け画面を見つめた。 薫たちも自分の携帯を取り出し、やがていっせいに首を横に振る。 「おかしいな、台風のせいかな?」 薫が言い終わらないうちに、ふっ、と部屋の電気が消えて、紫穂が小さく悲鳴を上げた。 PR |
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