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しばらくは、自分もここで過ごしますから。
そう真木が告げたときの兵部のものすごく嫌そうな顔は、おそらく一週間は頭から離れないだろう。 だがホテルで二日目を迎えた真木は自分の判断が正しかったことを知った。 「少佐、今日は休まれた方がいいのでは」 「こーら真木、少佐、じゃないだろ。やり直し」 「・・・ぼ、ぼっ・・・ちゃん」 「なんだそれは。お池にはまってさあ大変ってか?僕が水溜りに転がり落ちでもしたか?やり直し」 「あ、あの、ここでは普通にしていていいのではないですか」 「だめ。やり直し」 兵部は首を振った。若干顔が赤いのは一目瞭然で、真木は慌てて咳払いをする。 あまり刺激しないほうがいいだろう。ここで拗ねられてもかなり面倒だ。 「坊ちゃん。これでいいですか」 「うん、そうそう。普段から慣れておかないとね。で、何?」 「何、じゃありません」 ベッドの上に起き上がり、いそいそと制服に着替える上司を見て嘆息する。 「熱があるでしょう。今日は登校するのはおやめください。そんなお体で行っても仕方ないでしょう」 「やだ。用があるもん」 なにが「あるもん」だ、と突っ込みたくなったが、当然そんなことをすれば相当の仕返しがくるので口には出さない。 心は読まれているかもしれない。 「しかし・・・」 「校門まで車で送ってくれ。帰りも迎えにきてよ、具合悪くなったらちゃんと連絡する。それでいいだろ?」 「・・・少佐」 兵部にしてはかなり珍しい譲歩である。そうまでして学校へ行きたいのか、と、促されるまま靴下を手渡した。 「用とは?」 「うん、ちょっとね。それに体調が悪いなら都合がいい」 「どういう意味です」 「いいからいいから。あ、それで中等部・高等部に在籍しているエスパーのリストはできたかい?」 「はい。中等部用と高等部用、それとそれぞれの教員別に作成済みです」 プリントアウトされた数枚の紙を差し出しながら真木がうなずく。 兵部はその中から二枚だけ抜き出して、ファイルに閉じると学生鞄の中に無造作に突っ込んだ。 「残りは澪に渡してくれ」 「了解しました。それにしても、高等部の方はエスパーが多いようです。あと入れ替わりも他所に比べて若干激しいですね」 「転出・転入者もちゃんとチェックしているんだね?」 「はい、もちろん」 車の鍵を手にしながら真木は不安そうに兵部を見た。 ぱっと見たところ、頬が少しだけ赤らんでいるくらいで他には具合が悪いようには見えないが、兵部が自らきつい、辛いなどと言うわけがないのだ。 我慢をしている、というのとも少し違う。 「本当に、行くんですね」 「くどいぞ真木」 そう睨まれれば、もう反論はできなかった。 「おー兵部。おはよ」 「おはよう」 「おはよう兵部くん」 「おはよ」 教室へ入ると同時に声をかけられ、律儀に返している兵部が、ふいに自分の席の隣りを見てくすっと笑った。 真木に車を出してもらったはいいが、ぎりぎりまでアレコレ世話を焼こうとする【執事】のお小言のせいでぎりぎりになってしまった。 隣りの席では真島が机にうつぶせるようにしてすやすやと眠っている。 癖のある黒髪が窓から差し込む光で少しだけ緑がかって見える。 ああ、こんなときが自分にもあったなあ、などと柄にもなく感傷に浸りかけていると、ふいに黒い目が開いて視線がぶつかった。 「・・・おはよう」 「・・・おう」 不機嫌そうな顔と声は変わらずで、だがそれが彼のいつもどおりなのだろう。 思っていた以上に世話を焼くタイプなのは昨日の昼休みあたりから確認済みである。 (あれ、なんか僕の周りこういうのばっかじゃね?) 何十も年下の子供に面倒見てもらってどうする、とも思うが、「友人」を作っておくのも必要だろう。 「あれ、兵部おまえ」 「ん?」 チャイムが鳴っても教室に現れない教師のおかげで、きちんと自分の席に座っている者はほとんどいない。 ざわめいた空間で、低くさほど大きくもない真島の声だがなぜかよく通る。 彼は、普通の、何の悩みもない・・・はいいすぎか。年相応の悩み以上のものを抱えた、芯の強さのようなものを感じた。 同時に、投げやりな、いまどき少年にも見える二面性を持っているようだ。 何だろう、この違和感は。 兵部は小さく首を傾げた。 「おまえ顔赤くない?熱でもあんじゃないの」 「え、いや平気だよ」 まさか指摘されるとは思っていなかったので、つい素になってしまった。 真島はそれ以上追及することはなく、ふうんとどうでもよさそうに相槌をうった。 「真島」 ちょうど教室に入ってきた担任が、ホームルーム開始の合図もせずに近づいてくる。 「さっきそこで藤井に会ってな、今日の放課後緊急ミーティングするんだと。さぼるなよ」 「はあ。ていうか教師パシリに使うなんてさすがっすね」 「バカ、伝言頼まれただけだ。それに俺は顧問だしな」 「顧問ねえ」 肩をすくめる真島に嘆息して、担任はそのまま教壇へと戻っていく。 「真島くん。部活やってるのかい」 「あー?」 「ミーティングとか、顧問とか言ってるから」 ちらりと、生徒たちに着席を促している担任を見ながら言う。 真島は興味のなさそうなぼんやりした目つきのまま、うなずいた。 「俺、一応生徒会入ってるんだよね」 「え、まじで?」 とてもそんなふうには見えないけれど、と素直に口に出すと、だよな、と真剣に返されてしまった。 「仕方ないさ、代役だし」 「代役?誰の?」 誰かの代役で生徒会に入るなんて、聞いたことがない。 それともいまどきの高校はそんな習慣でもあるのだろうか、と、兵部は目を瞬かせた。 これがジェネレーションギャップというやつなのだろうか。 だが真島はつ、と目をそらして、ぼそりと呟いた。 「いなくなったやつ」 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□ なぜバベルの関係者が、と声を絞り出すようにして尋ねる彼の前に一枚の紙を差し出した。 「これは?」 「彼がそうだ、ということらしいけれど。そうなのよね?」 長い髪をかきあげながら言うと、それまで黙ってパソコンの前に座っていた男子生徒がキーをうつ手を止めて振り返った。 「間違いありません」 端的だが自信に満ちたその言葉に、ふたりは何も言わず納得した。 「中等部にもエスパーがいるだろう?彼女たちは関係ないのかな」 「いえ、彼女たちは何らかの任務でこの学校へ通っているわけではないようですから、今回彼が潜入しているのとは別件かと」 そうなると、さっそく接触する必要がある。 この場にいる七人はそれぞれ違う作業をしながらなんでもないような顔をしながらも、緊張していた。 「それともうひとり気になるやつが」 説明しようとする男子生徒をさえぎって、彼女が軽く手を振った。 「待って。とりあえず、状況を整理しましょう。バベルがくるとしたら、何か掴んでいるのかも知れない」 「下手に動けないね」 彼らの<リーダー>の言葉に、全員は重々しくうなずいた。 PR |
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