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がんがんがん、と遠くで激しい音がして、三人ははっと顔を上げた。
皆本が手に持っていたおにぎりを皿の上に置いて腰を浮かせる。 「いまの、玄関の音だよな?」 「……ノックがしたように聞こえたけど」 「まさか」 それぞれ顔を見合わせて首をかしげる。 「ちょっと見てくるよ」 「いや俺が見てくるよ。どうせ何か倒れて風で玄関のドアにぶつかってるんだろ。ついでにちょっと外の様子見てくるわ」 賢木が皆本を制して立ち上がった。 確かに、雨風の音は激しさを増しているが雨戸を閉めているため外の状況はよく分からない。玄関のそばに立っている木が倒れかけていたりしたら危険だ。 ふいに、兵部が目を細めて何かを聞きとるようにそっと目を閉じる。 「どうかしたか?」 「今何か聞こえなかった?」 「え?」 し、と人差し指をたてて、黙るように促す。 即座に賢木がテレビを消した。 しんと静まり返った旅館に、屋根にたたきつけられる大粒の雨音とごうごうという風の音だけが漏れてくる。 「……何も聞こえないぞ?」 「テレパスで何か感知したとか?」 「違う。何かの鳴き声がした」 「ちょっ、やめろよそういうの」 大げさに顔をひきつらせて賢木があとずさり、壁にべったりと背中をつけた。 そっと部屋の障子をあけて廊下をきょろきょろ見回す仕草に皆本が苦笑する。 「おまえ幽霊とか怖い方だっけ?」 「ちげーよ!でも気持ち悪いだろーが。なんだよ泣き声って」 ぺしっと皆本の頭を叩いておいて兵部をにらむ。 だが、僅かに紅潮している顔でそれまでぼんやりおにぎりをかじっていた兵部はやけに真剣なまなざしでこちらを振り向いた。 「獣の鳴き声。近いよ」 「獣?外の話か。そりゃ何か野生の生き物はいるだろ」 「そうだけど。すぐ近くだよ。いくら山の上だとはいえここには民家があるんだぞ。しかもこんな台風の中降りてくる野生の生き物なんておかしいじゃないか」 「何が言いたい?」 表情をあらためて皆本が聞いた。 確かに、荒れた天気の中、もう日も暮れたこの時間に民家の辺りをうろうろする獣がいるなどあまり気持ちのいいものではない。だが、たとえば雨や風で迷ったとか、食べ物を探して灯りの付いているこの旅館へたどり着いたとか、決してありえないとは言えないだろう。何をそこまで気にしているのか分からない。 「……まあ、いいけど。外をのぞくなら注意しなよ、賢木先生」 「分かってるよ」 変なこと言うから背筋が寒くなっちまったじゃねえか、とぶつぶつ文句を言いながら、賢木が懐中電灯を手に部屋を出て行った。 「どんな鳴き声だったんだ?」 それほど強く注意を促さなかった兵部に、一応世間話をするかのように尋ねる。 兵部はおにぎりを半分ほど残して、眠そうに目を閉じた。 「ううううう」 「え、ちょ、大丈夫か?」 「何がだ。だから、ううううう、ていう唸り声みたいなのが聞こえた気がしたんだよ」 「ああ、なんだ」 どこか苦しいのかと思った、と心底ほっとした顔をした皆本を、薄目を開けて呆れたように見やった。 「気持ち悪い」 「えっ」 もしかして吐きたいのか、と心配そうに顔をのぞきこむ青年に、小さく首を振る。 「すごく大事なことを忘れている気がするんだ。でも思い出せない。気持ち悪い」 「すごく大事なこと?」 「そう」 なんだっけ、と呟く声は小さく、今にも眠りに落ちそうだ。 このまま寝かせておいた方がいいだろう、と思いながらずり落ちた毛布を肩にかけてやり、それでも皆本は聞かずにいられなかった。 「昔ここへ来たって言ってたな。そのときの記憶か?」 「……そう。でもあまり思い出したくない」 「どっちなんだよ」 「分からない」 大事な思い出だけれど、だからと言って昔のアルバムをめくって微笑むような、そんな感情ではないのだと思う。 それでもあの頃が一番幸せだったと、今でも思えるだろうか。 (あの頃と、現在と) けれども今の自分は亡霊であって、もはや自分が幸せか否かなどと考える資格さえないのではないか。未来はその時代に生きる者たちのものだ。そこに自分はいないだろう。 「兵部?寝たのか?」 小さく声をかけてみたが、返事はない。 「あ、そういえば」 かつてロビーにあった受付に、宿泊客のためのノートがあるとか言ってなかっただろうか。 そこには昔ここを訪れたときの、不二子の筆跡があるだろうとも。 「……探してみようかな」 なぜだか、そう思った。 賢木はまだ戻らない。 PR |
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