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外の嵐の激しさとは裏腹に、しんと静まり返ったロビーは不気味だった。一応、廊下とロビーは電気をつけているが、これだけ広い旅館に人の気配がほとんどないと何だか不安を煽る。玄関の方ではがたがたと音がするからまだ賢木が外の様子を見ているのだろう。そちらへ向かおうとして、皆本はすぐ近くにいるのだから何かあれば声が届くだろうと立ち止まった。
昔受付用に使用していたらしいカウンタ式の台の向こう側にまわって床に膝をつくと、台の下の棚に手を伸ばす。埃が舞って腕を汚した。皆本は一度腕を引っこ抜いて浴衣の袖をまくりあげ、再び棚をあさる。 「これは……電話帳?いつのだ」 黄ばんだ表紙の古い電話帳が三冊出てくる。それを床へ置いてごそごそとやっていると、それらしきノートがごっそり出てきた。 埃が固まって汚れている。指でこすって汚れを拭うと、旧字体の題名と日付が現れた。全部で二十冊はあるだろうか。 日付を見て、兵部の話から彼と不二子がここへきたらしい昭和15年あたりのものを探し出し、ぱらぱらとめくる。 宿泊客が自由に書き込めるだけあって、字体も内容もばらばらで、読みにくい。 これは目的のものを見つけ出すのに苦労するかも、と思いながらぐにゃぐにゃした縦書きの文字を追っていくと、何度かページをめくったところで違和感のある字体が一行目に書かれていた。やけに角ばった神経質な文字はそれまで見たものよりずっと堅苦しく感じる。それでいて書いてある内容が優しく、皆本はついゆっくりとその文章を目で追ってしまった。 「ええっと……子供たちのはしゃぐ声に引きずられるように私も楽しい気分になる?かな。この平和な時がずっと続けばいいのだが。あれ、びりびりに破れてるな。鼠でもいたのか?……三国軍事同盟によりますます……ううんだめだ」 諦めて、破れているページを飛ばしようやくまともに読めそうなところを再び解読しようと試みた。 「子供の字だな。もしかしてこれが管理官の?とても悲しいことがありました。この日のことを僕は一生忘れません、とかそんな感じか?男の子かな。えーっと、この近くの研究所にいた友達が……ぶえっくしょい」 埃で鼻がむずむずして、皆本は盛大にくしゃみをした。 がたん、と大きな音が玄関から聞こえる。まだ何か作業をしているのだろうか。隙間風が入ってくるのか、ぴゅうぴゅうという細長く甲高い声のせいで、仮に賢木が大声を上げていたとしても気付かないかもしれない。 皆本はノートの解読を一度あきらめて立ち上がり、賢木の様子を見に行くことにした。 ぎし、と廊下を踏みしめる小さな音がして、兵部は目を開けた。 皆本か賢木だろうか、と思ったがそれにしては静かだ。 大の男が歩く音ではない。何か小物が落ちたような物音だ。 「なんだろ?」 兵部は肩にかけた毛布をおさえながら、四つん這いのままずりずりと廊下へ続く障子をあけた。電気はついているがちかちかと点滅を繰り返しており、さらにいくつかの電球が切れてしまったのかここへ着いたときよりはずっと薄暗い。 「やな感じ。人の気配はしないけれど……」 幽霊を怖がるほど子供ではない。存在するかもしれないが怖いとも思わない。ただ、正体の分からないものがすぐ近くにあるとすれば気持ちが悪い、それだけだ。 …………。 「ん?」 何か聞こえた。人の声に似ている。 兵部は廊下に身を乗り出したまま目を閉じて神経を集中させた。 ………ァ。 「やっぱり何かいるな」 だがどこからやってきたのか。正体の前に兵部はそれが気になった。 こんな嵐の中、がっちりと雨戸まで閉めた館内に、外から何者かが侵入する隙はない。だが賢木が見に行った玄関のこともあるし、この強風で知らない間にどこかの窓ガラスが割れて鼠でも避難してきた可能性がある。 ESPを使って探ろうか、とも考えたが、それほど危険性は感じないためそれはもう少し後にとっておこうと思った。 「そういえば皆本くんはどこ行ったんだ?」 テーブルには冷めた湯のみがみっつ。うとうとしている間に部屋を出て行ったようだが、それにしては静かすぎる。 様子を見に行ってみよう、と壁に手をついてゆっくり立ち上がった。 薬が効いているのか、さきほどよりはずっと楽になった。だが体の芯はまだぞくぞくするし、頭もぼんやりしている。眠気も強く体全体が重い。 分厚い毛布をきっちりと握りこみ、スリッパをはいて薄暗い廊下を歩く。 「あれ?」 ふと、廊下の先の曲がり角付近で何かが光っているのが見えた。 緑色の小さな灯り。 ばちっ、と火花が散るような音が頭上で鳴って、次の瞬間真っ暗になった。 「あ、やっぱり停電になっちゃったか」 懐中電灯をとりに戻ろうか、と思ったが、それすらも面倒だ。 このまま壁に手をついて歩けば平気だろうし、暗い方があの謎の緑の灯りもはっきり見えて好都合だ。 遠くで雷が落ちる音がして、屋敷が揺れた気がした。 PR |
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