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「賢木!」
玄関へと向かった皆本は、開きっぱなしのドアを支えながら叫んだ。暗くて何も見えない。吹き荒れる雨風がすぐに彼を濡らしていく。 ばちばちと感電するような音が聞こえたかと思うと、屋敷の内部が真っ暗になった。 「停電か!?」 まずい。これでは何も見えない。 懐中電灯を照らし目を凝らす。 「賢木!返事をしろ!」 どこへ行ったのか。不安を抱えてもう一度怒鳴る。 「皆本!くるな!」 「賢木?」 意外と近くで賢木の声がする。同時に濡れた土を踏みしめるぐちゃぐちゃという足音と、何かと争っているような音もするが、強い雨と風で消されていく。 皆本は決心すると一歩外へ踏み出した。頼りになるのは懐中電灯の弱々しい灯りだけだ。 「くそっ、こいつ……!」 「賢木!」 暗闇の中でうごめくものが見える。見慣れた賢木の後ろ姿と、彼と真正面から対峙している大きなもの。 「それは……」 「分からねえ、でも狼みたいだ」 ふ、と息を吐いて、手にしていた長い木の棒を振ると、ぐるぐると喉を鳴らして黒い塊が飛び退く。 「一匹じゃない、何匹か辺りをうろうろしている。気をつけろよ皆本」 「賢木、振り切って中に逃げよう!」 「分かってるよ!さっきから何度もそうしようとしてる!けどしつこいんだよ!」 飢えた狼か野犬がここぞとばかりに獲物を狙っているのだろうか。 がたん、と大きな音が響いた。屋敷の玄関からだ。 「まずい、屋敷の中に入り込んだかもしれねえ!」 「扉はちゃんと閉めてきたはずだ」 叩きつける雨のせいで声がよく聞こえない。ふたりは大声を張り上げながら、何とかタイミングを見て獣を振り払おうと試みた。 皆本の背後でがりがりと木を削るような音がする。玄関に爪をたてているのかもしれない。同時に、がしゃんと窓ガラスを割れた。屋敷の部屋や廊下の窓はすべて雨戸を下しているが、トイレやキッチンなど一部には雨戸が取り付けられていない個所がある。風で割れただけだと思いたい。だが、もし獣が入り込んでいたとしたら? 「皆本、ここはいい、俺が何とかする。おまえはとにかく中へ!」 「けど!」 「兵部がいるだろ。あいつは今戦えない。いや、戦えるかもしれないが危険だと教えてやった方がいい。何か武器になるものを持って行け」 よく確かめもせずに外に出た俺が相当うっかりさんなんだよ、と賢木は笑ったようだった。 「大丈夫だ。行け!」 力強い声に後押しされるように、皆本は走った。懐中電灯の光は一定の場所を照らすだけで周囲はまるで把握できない。慎重に手探りで玄関の壁に手をつく。近くでウウウウウ、と獣が唸る不気味な声がする。懐中電灯を消した方がいいだろうか。自分の居場所を教えるようなものだ、と一瞬考えたが、それでは自分の方が危険だとすぐに考え直す。相手は鼻の利く獣なのだ。自分の足元がおぼつかない方がよほど危ないだろう。 全身ずぶ濡れになりながらドアノブに手をかけた。獣の荒い息はそう遠くない場所でこちらをうかがっているようだ。意を決して細く扉を開ける。すばやく体をすべり込ませて中へと入った。ぽたぽたと全身から水が垂れ落ちては玄関を濡らしていくが構っている暇はなかった。さすがに獣は器用に扉を開けて中へ侵入するようなことはできないらしい。そりゃそうだ、エスパーアニマルじゃあるまいし、と息をついて、真っ暗な屋敷内部を照らす。まずは武器だ。あの割れた窓ガラスから獣が入ってきたのなら素手で格闘するのは無謀だろう。兵部ならESPで軽く倒せるだろうが、今の彼の状態でそれができるか大いに疑問だ。わざわざ部下が一緒についてくるくらいだ。おそらく普段の兵部と同じだとは考えない方がいいだろう。 「なんか調子狂うな」 敵の首領の心配をすることになるなんて。 だが皆本は、兵部のことは大嫌いだが彼が傷つけばいいなどと思ったことはない。それを彼に言えばきっと、お人好しすぎるだの奇麗事だなどと嫌味を言われるのだろうが。兵部が冷めた目で罵る顔が脳裏によぎる。馬鹿じゃないの、そんなんだから大事なものを守れずに絶望するはめになるんだよ、とか何とか。大事なものを守れずに絶望したのはかつてのおまえなんじゃないのか、なんて、聞いてみたいけれど、とてもじゃないが言う勇気はない。 「兵部!聞こえるか!」 さっきの窓ガラスが割れた音は聞こえているはずだ。 「兵部!」 叫びながら、玄関にたてかけてあった箒を手にとり真っ暗な廊下を進む。 しんと静まり返った廊下の奥で、ちりん、と鈴の音がした。 PR |
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