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ぬかるんだ山道を危なっかしく揺れながら車が走っていた。夜が明けて数時間、ようやく雨は小降りになり、風もやんだ。崖崩れで通れなくなった道を避けて大きく迂回する方法をとった葉たちは、すでに二時間半もの間退屈な時間を過ごしていた。携帯電話の電波は一本たったり圏外になったりと落ち着かない様子である。 「ねえ、もっと急いでよ!」 「るっさいな!だから飛んで行こうって行ったんだよ俺は」 「駄目よ荷物たくさんあるんだし」 「テレポートすれば?」 「帰りの車は?」 運転手ひとり残して帰る、という手もあるわよと紫穂が微笑んだ。おそらく脳裏ではぶつぶつ文句を言いながらハンドルを握る賢木の姿が浮かんでいるのだろう。 後部座席でやいのやいのと騒ぐ少女たちにうんざりしながら、葉はがたがたと不安定な道を必死で運転していた。これがいつもの外車じゃなくて良かった、とほっとする。あの大きな車だったら今頃崖から転落して目も当てられない惨状になっただろう。 とたんに玄関の付近が騒がしくなってきて、賢木が苦笑しながらドアを開けた。同時に三人の少女たちが飛び込んでくる。 「先生!」 「お疲れさん。大丈夫だったか?」 「ちょっと酔っちゃった」 「いやそうじゃなくて」 皆本は、中庭だよ、と交わされる会話を無視して葉はずかずかと中へ入って行った。部屋へ戻ろうとしたところで、背後から兵部は中庭だ、と声をかけられて方向転換する。いくら雨が上がったからと言って、ぐしゃぐしゃにぬかるんでいるだろう庭に病人が出るなんて、と思いながら葉は仕方なく賢木や少女たちと一緒に中庭へと向かった。 開け放たれた障子の外は明るい日差しとまだ雨の匂いに包まれていた。 その、こじんまりと庭の隅に立つ太い木の根元に兵部と皆本がしゃがみこんでいる。 「ちょっと、何してんスか少佐!」 古びた小汚いサンダルをつっかけながらふたりのそばへと駆け寄る。続いて四人も降りてきて、ふたりを見下ろした。 「どうしたの皆本?」 「ああ、みんなお帰り。昨夜はすごい嵐だったね」 どこか疲れた顔をしている皆本がにこりと笑みを浮かべた。目の下にはうっすらと隈が張っている。うるさくて眠れなかったのだろう、と薫たちは納得した。 「うん、停電になって大変だったよ。野犬の遠吠えとかさあ。おばあちゃんが怖い昔話するし……」 「こっちも色々あってさ。一応廊下とか掃除はしたんだけどね」 「何かあったの?」 「野犬が侵入してきて……」 「少佐?」 葉は兵部の隣りにしゃがみこんで顔をのぞきこんだ。少しばかり憔悴して青ざめた顔色の養い親を怒鳴りつけたくなったがぐっと堪える。 「何やってんの。中入ろうよ」 「うん」 「何これ?」 彼が見つめているものへ視線をやると、木の幹の下の方に刻まれた文字と、盛り上がった土があった。文字はちょうど子供の頭くらいの位置にある。何が刻まれているのかは判読できなかった。土は掘り返されたばかりのようで、周囲とは違う色をしていた。 「お墓」 「墓?何の?」 誰の、と言いそうになって、それは適切ではないと言い直す。 「うん……」 それだけ言って、まだ黙り込んでしまう。 浴衣の上に羽織った羽織だけでは寒そうで、葉は眉をひそめた。ゆっくり養生するためにここへ来たというのに、もっと悪くなっているような気がする。こんな姿を真木が見ればきっと血管がブチ切れるほど怒るだろうな、と思った。 「少佐、中に入ろう」 「そうしよう兵部。彼には僕が説明するよ」 言いながら皆本がぽんと兵部の肩をたたくのを、すばやく葉が振り払った。皆本は苦笑して腕を引っ込める。 「とは言っても、昨夜起こったことは話せるけど、それ以上のことは分からないけれどね」 兵部の様子がおかしくなったことや、なぜ、この下に埋まっているのだろう猫が姿を現したのかという説明は皆本にはできない。すっかり平らになっていた地面にさらに土をかぶせたのは兵部だった。あの猫が幻だとしたら、血まみれで倒れていた野犬の説明がつかない。だが確かにあのとき、獣の死体の他に何もなかったのである。 葉が兵部の腕をとって立ち上がらせ、背中を押して屋敷の中へと誘導していく。 兵部は一度ちらりと墓を振り返って、小さくごめん、と呟いたのだった。 「まったくおまえと言うやつは……」 くどくどと続くお小言を適当に聞き流しながら、葉はむっつりした顔でポテチを口に放り込んだ。隣りの座敷で兵部が寝ているためか声は抑えられているが、その分重々しい上に長い。顔を挙げると鬼の形相で睨まれるため目も合わせられない。 その日の昼過ぎ、真木はたてこんでいた仕事を超特急で終わらせ、瑣末なものは他の人間におしつけて旅館へ戻ってきた。さらに具合を悪くしている兵部と昨夜の話を皆本から聞かされて延々説教中である。 「どうして少佐のそばを離れたんだ!」 「いやだから、俺飯とか作れないし……」 「あの眼鏡野郎に頼んででも少佐についていろ!」 「……自分だったら絶対そんなことしないくせに」 「何言ったか?」 「いえ……なんでもありません」 じろりと睨まれてそっぽ向く。 そろそろ飽きてきた、と葉が逃げ出そうとしているところへ、かたんと音をたてて襖が開いた。二人が顔を上げると寝ていたはずの兵部が立っている。浴衣は乱れているし髪は寝癖がついてぴんぴん跳ねているが、顔色はずいぶん良くなったようだった。賢木が処方してくれた薬が効いたのかもしれない。 「少佐!」 「やあ真木お帰り」 「話は聞きました。昨夜は大変だったようですね」 「まあね。僕はあんまり覚えてないんだけど」 苦笑いしながらこちらへやってくるのを、真木が慌てて立ち上がり座卓の座布団を二枚重ねた。 「起きて大丈夫なの少佐」 「うん、平気。だいぶ楽になったよ。今日は鍋が食べたいな」 よっこいしょ、と年寄りじみたことを呟いて腰を下ろす。そそくさと真木が肩に羽織をかけて、お茶を注いだ。このまめまめしさにはまだ勝てない、とひっそり葉は思う。兵部に対しては自分も割と気を配れる方だと思っているが、ささやかな、子供っぽい反抗心や気恥ずかしさのせいでなかなか瞬時に行動に移せないのだ。こういうところがまだ子供だ、と、兵部や真木、紅葉などから思われていることには気づいていない。 「鍋ですか。それもいいですね」 「薫たちも一緒に」 「……あいつらもですか」 「いいじゃん、鍋は大勢で囲んだ方がおいしいだろ」 いい肉もあるんだし、とにっこり笑う兵部に勝てるはずもなく。 その日の夕食は、真木と皆本が争うように作ったおかずと大きな鍋でテーブルが満たされることになった。 年に一度はここへ来ることにする、と言いだした兵部に、反論する理由はなかった。よほどこの旅館が気に入ったのだろうか。 ただ気になるのは、真木がふと中庭を見渡した時に庭の片隅の大木の根元に小さな墓が作られていることだった。土は掘り返したばかりのものなのか明るい色をしている。近寄って見てみると近くに咲いている名前も知らない青や白い小さな花が添えられていた。兵部に聞いても、葉に聞いても何も知らない、としか答えない。ただ、翌朝早くに皆本が新しい花を供えているのに気づいて、真木はちょっぴり腹立たしくなった。理由は分からない。ただ、自分の知らないものをあの男が知っているのかもしれない、と考えて苛立たしくなっただけだ。 仕方ないので、真木は誰も見ていない隙をついて旅館の裏側、山沿いに咲き誇っていた大きな花弁の花を負けじと摘んでは墓らしきものに供えた。 後日それを知った兵部が爆笑しながら、おまえは本当にかわいいやつだね、と子供に対するときのように頭を撫でて真木をからかった表情はとても優しくて、けれどなぜかひどく切ない目をしていた。 ひとりでここへ飛んでくる分には何の苦労もない。 真木は、来年ここへ来るまでに花が枯れないように、ちょくちょく様子を見に来るようにしようとこっそり決めたのだった。 PR |
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