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ゴォォォォ、と頭上を飛行機が飛んでいく。プロペラ機だ。泥で汚れきった機体には我が国のマークが誇らしげに描かれており、おそらくここから近い場所から離陸したのだろう、やけに低い位置を通過していった。大きな影が彼らを覆い、やがてすぐに強い日の光に照らされて目を細める。耳をふさいでいた薫たちが手を離して、口をぽかんと開けたまま小さくなっていく飛行機の尾をいつまでも見つめていた。 彼女たちをちらりと見て、親友がこちらを見ているのに気付き視線を交わし、少し離れたところで眉間にしわを寄せた男がみじろぎするのを確認して溜息をつく。 せめて、ここに蕾見不二子管理官がいてくれたら。 きっと彼女は驚いたような、そしてひどく優しい顔でこう呟くのだろう。 ああ、懐かしい、と。 薫、と鋭い叫び声がして当の本人が気付いた時には、目の前が真っ暗なものでふさがれていた。ちがう、正確には黒い服が目の前にいたから何も見えなかった、だ。 はっとして声を上げるのと、血の匂いを感じるのがほぼ同時だった。頬に小さく赤い飛沫がこびりついて、すぐに明るくなる。落ちて行くのだ、と気付いた時には薫はパニックになっていた。 「京介!」 「薫ちゃん!」 紫穂が慌てて目の前の敵を警戒するように告げたが彼女の耳には届かない。獲物を狙う目で敵が彼女を攻撃しようと掌を掲げたところで細く長い光が割って入った。 「先生!」 賢木が銃口をむけ正確に敵を狙っている。腕はぶれない。こんな小さな、ただの道具で空に浮かぶ殺人兵器を狙い撃ちするなんて。彼にサイコメトリーの力はあっても射撃の腕はそれだけに頼るものではない。 地面にたたきつけられた兵部を薫が抱え起こして必死で名前を叫んだ。皆本が走り寄り、葵はおろおろと紫穂と薫とを交互に見ている。 敵はまだ健在だ。下手に動けば攻撃を受ける。 遠くからプロペラの轟音が響いて、黒い塊が近づいてきた。見覚えのない機体でそれがバベルからのものではないことを表している。 「パンドラか」 「遅い!」 とたんに怒鳴って、賢木が皆本を呼ぶ。兵部の呼吸を確認していた指揮官ははっと我に返ると顔を上げて、薫の肩に手を置いた。細い体が怒りと不安で揺れているのを感じて、皆本は唇をかんだ。もう三年ほども前から名前で呼ぶほど、彼女はこの男をある意味で信頼していた。自分たちにとっては非常に憎らしい敵だが、それでもチルドレンを守ろうとしているのは同じだ。ライバルなどと甘い関係ではないが、皆本は兵部を憎んではいても死ねばいいなどと思ったことは一度もない。それはきっと、薫を悲しませることに直結するだろうことが容易に想像できるからだ。 「薫。こいつのことは僕たちで何とかする。大丈夫だ簡単に死ぬようなやつじゃない。それよりあの敵をなんとかしないとまた狙われる」 「うん」 そっと涙をぬぐいながら薫は顔を上げた。その大きな目には怒りが宿っている。大丈夫だ、この子はまだ戦える、と、皆本は彼女の手をひいて立ち上がらせ、賢木にうなずいた。 空中に浮く三人が敵と対峙する。 賢木がぐったりと倒れている兵部のそばでしゃがみこむのを確認して、皆本は地上から子供たちと敵とを眺めた。指示を出して導くところまでが彼の仕事だった。あとは彼女たちを信じるしかない。 いつも思う。 もっと近くで、一緒に戦える力が自分にあればいいのに、と。 大きな音をたてて近付いてきたヘリから小さな人影が飛び降りて、黒い翼を広げると空気を割ってこちらへ急下降してきた。地上の兵部と賢木とを視認したのだろう、慌てたように旋回してそちらへ降りていく。 兵部の右腕の、真木とかいう男だろう。 強い風が吹いて埃が舞い上がる。血の匂いを嗅いだ気がした。 「ザ・チルドレン、トリプルブースト解禁!」 「絶対ゆるさない!」 普段聞くことのない、低く怒りに満ちた声で薫が呟いて、風を味方につけたかのように三人を竜巻が取り囲んだ。土や埃や枯葉や、地面に落ちるあらゆるものを巻き込んで上空高くへと昇って行く。それはやがて細く長く、先端が鋭い大きな牙に形を変えた。 皆本はためらった。 殺すな、という指示が妥当かどうか、自分の中にいる何人もの冷静な分析官が相互に意見を主張しだしたのだ。彼女はそんなことをしない、という自分と、いや怒りに任せて殺してしまうかもしれない、注意すべきだ、という自分が壇上で舌戦を繰り広げる。 「か、薫!」 喉の奥が粘ついて掠れた声が上がった。台風のように強い風が辺り一帯を荒らしているせいですぐにかき消されたが、葵がすぐに気付いて薫の手を引っ張る。 「拘束、するんだ」 かろうじてそれだけ命令して、乾いた唇を舐めると、薫はほんの少し笑ったようだった。 大丈夫任せて。 そう声に出さず告げた顔がひどく大人びている。こんな顔をするようになったのか。これではまるで……。 破壊の女王の姿だ。 PR |
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