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「私をかばったせいで怪我したの!私のせいなの!」
泣きながら怪我人にすがる薫をなだめながら、真木が反論するのを遮って兵部を担架に乗せヘリでバベル管轄の病院へ運び終えるまでに皆本は相当の気力を要した。 とにかくパニックに陥った女子中学生ほど厄介なものはない。こいつを死なせたくないんだろう、と半ば無理やり敵地へ連れてこられた真木の無言の圧力も胃を内部から攻撃してくる。治療してやろうと言っているのだからその眉間の皺と殺気のこもった目つきはなんとかしてほしい。 賢木が集中治療室へ入ってすでに三時間ほどが経過している。廊下のつきあたり、もっとも暗い場所で壁と一体化するように腕を組んでいる真木を横目で見てから、皆本は腕時計を確認して、今日何度目かの溜息をついた。たった二十年ちょっとでこれだけの数の溜息をついているのだ、溜息をつくと幸せが逃げるというのならもうとっくに墓場へ直行していてもおかしくない。 いや、そんな空想をするには不謹慎な場所だ。 首を振って後頭部をごん、と壁にぶつけてみた。 あの場に兵部が現れたのは偶然だろうが、薫のピンチを救ったのは違いない。だが彼の様子は初めからおかしかった。 まず動きが鈍い。いつものように冷笑を浮かべて敵を煽りながらも、薫たちを押しとどめて戦いに割って入るそぶりはなかった。見学させてもらうよ、などと言いながらももっと介入してくるだろうと思っていたのにぎりぎりまでそうしなかったのは、もともと不調だったのではないだろうか。 (じゃあなんでふらふら姿を現したんだ?) 皆本には兵部の行動理由など見当もつかない。 いや、きっと真木や他のパンドラのメンバーも同じことを言う気がする。 少佐の考えることなんて分かるものか、と。実は何も考えていないかもしれない。 「皆本さん」 ふいに落ち着いた声をかけられて壁から背を離すと、柏木朧が困惑したような顔でこちらを見ていた。いつの間にやってきたのか、足音にすら気付かなかった。 「柏木さん」 柏木は真木をちらっと見て、声をひそめる。 「チルドレンたちは待機室で休んでいます。少し薫ちゃんが……ちょっと、あれなので。紫穂ちゃんと葵ちゃんが慰めていますが……。兵部少佐は?」 「まだ、分かりません。ああ、すみません勝手に彼を中へ入れてしまいました」 「いえ、仕方ありませんわ。パンドラの人たちが大挙してやってくるよりは。さっき局長のところに政府の役人から直々に、丁重に扱うように、と指示がきたそうです」 どうせ逮捕したところですぐに釈放要求されるに決まっている。 あらゆる面において、ロビエト国籍と大使館の存在は有用のようだ。 悔しいが、それはバベル側としても犯罪者をかばった、とされるより政府の命令で仕方なく、という体裁が取れる分やりやすい。それを見越して兵部がこういう手を使ったのであればその効果はてきめんである。 (してやられた感が強いのがむかつくけど) 「あ、」 扉が開いて、賢木が出てきた。疲れた顔をしながらぐるぐると肩をまわしている。 彼は一番近くにいた真木の前で足をとめた。 「少佐は?」 「命に別条はない。ただ失血が多かったから輸血をしておいた。まだ意識が戻らないのと、呼吸器をつけているからすぐに連れてかえるわけにもいかねえな」 真木の眉間の皺がさらに深くなった。命が無事だったのはいいとして、きっとすぐにでも連れて帰りたいのだろう。確かにいつまでも敵地に組織のボスを置いておけるはずもない。 「病室空いてたかな……」 「賢木先生、そのことですが」 柏木が歩み寄る。真木の威圧感に一瞬たじろいだようだったが、そこでおじけづくような秘書ではない。 「最上階のVIPを使用してはどうでしょう。人目につくのはどうかと思いますし」 「あいつにそんな贅沢な部屋を与えるのは癪ですが、仕方ないですね」 こんな怖い顔した男が一般病棟にいたら他の患者にも迷惑だ、と、賢木が真木を見た。 「それでいいか?」 「……病院ならパンドラが所有しているものがある。ここでなければならない理由はないだろう」 「動かさない方がいいっつってんだよ。それに」 薫ちゃんがひどく心配している、と言うと、真木は黙り込んだ。 「兵部のやつも目を覚ましたら薫のこと気にするかもしれない。いいじゃないか、最上階のVIPルームだぞ。普通そんな部屋よほどの要人じゃなきゃ借りられないんだからな」 ある意味要人には違いないが、と心の中で呟いた。 治療室から寝かされたままの兵部が看護師たちに挟まれるようにして出てくる。 真木が心配そうに兵部の顔をのぞきこんで、そっと白い頬に手をすべらせた。 眠っているとまるで人形のようだ。 彼は夢を見るのだろうか。 PR |
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