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電話をかけてくる、と言い残して真木が携帯を手に病室を出ると、あとには皆本と賢木、そしてチルドレンたち三人となった。少しだけ空気が軽くなった気がして、なんとなく全員がほっと息をつく。
真木は兵部のそばを離れようとしない。 高級マンションのファミリー世帯用ではないかと勘違いするほど広いVIPルームには患者用とは別に付き添い人用の立派な部屋が三つもあるが、真木は兵部の枕元に椅子を置いてそこを自分の定位置と決めたらしく、一日中そこにいる。 もし自分が寝かされていてあんなのが近くにいたら絶対眠れない、と皆本は思った。 なにしろ今にも歯をむいて襲いかかりそうなほど強いまなざしでじっと見つめられるのだ。兵部も実はうなされているんじゃないだろうか。見ている方も怖い。とても話しかけられる雰囲気ではない。 「目、覚まさないね」 「もう四日か」 そっと紫穂が小声で言うと、葵も肩を揺らしてソファの背に体重を預けた。大きくのびをして、薫の様子をうかがう。 「……本当に、大丈夫なのかな」 うつむいた薫に、皆本は明るく笑って頭を軽くたたく。 「大丈夫だって、賢木も言ってただろう。精密検査もしたけれど脳にダメージはない。寝ているだけだ」 「でも」 それならなぜ、という言葉を飲み込んで皆本の手を握った。 もう何度も繰り返した疑問だ。 なぜ。 音がして、真木が戻ってくる。四日間ほどんど寝ていないのだろう、ひどい顔色だったが、休めと言っても聞かないのだからどうしようもなかった。子供ではない、しかも味方でもないのだ、周りがどうこう言える立場でもない。 「交代は?」 よく兵部と一緒にいる幹部のうちのふたりがまだ姿を見せていないことに疑問を抱いて尋ねると、少し間を置いて返事が返る。 「このことは他のメンバーには伏せてあるからな。少佐と俺は仕事で海外へ行っていることになっている。紅葉と葉には普段通りにしていてもらう」 それもなかなか、辛い仕事ではないだろうか。 「澪たちにも内緒なの?」 ちょうど連休中だったこともあって、学校で澪たちに気取られる心配はなかった。今日は三人とも影チルに行ってもらっているが、いつまでも休んでいるわけにもいかない。だが紫穂や葵はともかく薫がこんな様子だとすぐに勘付かれてしまうだろう。 「すぐに目を覚ますさ」 その言葉ももう何度も聞いた、と薫は思った。 賢木が兵部の腕をとって脈を確認する。 ふいに、呼吸音が変化したように感じた。 「ん?」 「どうしたの?」 目ざとく薫が立ち上がる。真木も顔を上げた。 「いや、今なんか……」 「え?」 ぐらり、と眩暈を起こしたように、周囲がぶれた。 「うわ、なに?」 「なんだ?」 全員がきょろきょろとあたりを見回し、そして弾かれたように兵部の寝顔を見て、あ、といっせいに口を開く。 「吸い込まれる!」 何に、と思う暇もなかった。 突然小さなブラックホールが出現して、ここにいる全員を飲み込んでしまう、そんな感覚にとらわれたのだ。 「皆本!」 薫が叫び、チルドレンの三人が手をのばして皆本にしがみつく。 「やだ、なに!?」 「わかんない!」 「ちょっとまて、おい……」 周囲が真っ暗な闇で覆われ、遠くで賢木の声がした。すぐ近くにいたはずなのに、誰の声もが遠い。 (兵部の仕業なのか!?) 一瞬疑ったが、意識のない彼がどうやってそんなことをするのか。 皆本は大きく口を開けてチルドレンたちの名前を呼んだが、やがて視界がすべて真っ暗になり、互いを呼ぶ声は水の中のようにぼやけてつい耳に指をつっこんでしまう。 「おおーい!」 しがみつかれた感触さえもが薄れて、まるで溶けてしまうかのように、なにも分からなくなっていった。 眠りに落ちていくようだ。 穏やかに死を迎えるときはこんなふうなのだろうな。 それも気持ちがいいな、と。 誰かが笑ったような気配がした。 PR |
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