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体育の授業は受けられないんだ、と、周囲の焦りに逆らって着替えようとしない兵部を不審に思った真島に、彼は笑顔で答えたのだった。
「え?どこか悪いのか」 「うんまあね。虚弱体質ってやつ?」 とてもそうは見えないけれど、彼がそう言うのならそうなのだろう。 もともと色白だし、女性的ではないが体つきは細くて、確かに運動をするというよりは静かに本でも読んでいそうなイメージではある。 そういえば、と兵部の白い顔を見れば、朝見たときより少し赤みが増しているように見えた。 「なあ兵部、おまえやっぱり調子悪いんじゃないのか?保健室行くか?」 言って、真島はざわざと胸が揺らぐのを感じた。 親友が姿を消して以来、真島には気の置ける友人というものは存在しなかった。 周りから距離をおいて、誰にも近づこうとしない。それでいいと思っていた。 なのに、何故この転校生に対して世話を焼こうとしてしまうのか。 担任も、幾度となくふたりが一緒にいるのを見てふたりは仲が良いと思ったのか、この転校生のことはすべて真島に任せているようだった。 冗談じゃない、と思う一方、この不思議と一緒にいても居心地の悪くない兵部となら友達になってもいい、と思う。 同じエスパーだから、というのもあるのだろうか。 (でも俺はこんな力なくて良かった) はじめから何の力もなければ、自分の力の及ばないことが起きてもあきらめられる。仕方なかったのだ、と。 だが、この力を使っても結局誰も助けられないとしたら、ただ邪魔なだけだ。 人の心の中をのぞいて何が楽しいんだ。 「真島くん」 どこまでも暗い思考にひきずられそうになった瞬間、絶妙なタイミングで兵部が声をかけた。 はっとして顔を上げる。 感情の読めない表情がこちらをじっと見つめていた。 「僕やっぱり保健室に行ってくるよ。診断書も書いてもらわないといけないし」 「診断書?」 「うん。体育出られないから、レポート提出で単位に変えてくださいって」 「・・・あ、ああ。そうなんだ」 保健室案内しようか、とジャージの上着を手にしたまま言ったが、兵部は首を振った。 「ううん、大丈夫。購買の先の渡り廊下渡った校舎を左に折れて突き当たり。昨日教えてもらったからひとりで行けるよ」 「そうか、ならいいけど」 これが、相手が女の子だったら意地でもつれていくんだけどな、と考えて、慌てて眉尻を上げた。 あまりしつこくしても迷惑だろう。見たところふらついている様子もないし、本人が大丈夫だと言っているのだし。 「それじゃ、」 ひらりと軽く手を振って兵部は教室を出て行った。 資料室や実験室などが集まる校舎に生徒の姿はなかった。 しんと静まり返った廊下をぺたぺたと歩きながら、兵部は保健室の前で立ち止まる。 調子が悪いのは本当だが、微熱を発するのはここ数年ではしょっちゅうあることで、たいしたことではなかった。 真木や紅葉や葉はこぞって大慌てしてベッドに縛り付けようとするが、そんなことでじっと大人しくしていられる性格ではない。 ここへきたのは別の目的があるからだ。 にやりと笑って扉を軽く叩く。 はて、生徒たちは保健室に入るときノックなどするのだろうか、とも思ったが、急に開けて相手の心臓が止まってはいけないので一応段階を踏むことにした。 「はい、どうぞ」 知った声がして、兵部は引き戸を一気に開けた。 「失礼しまーす」 「やあ、どうした・・・て、えええええええ!?」 椅子に座っていた白衣の男が振り向きざま、素っ頓狂な叫び声を上げて顔を引きつらせた。 衝撃でずり落ちかけた眼鏡を必死で抑えながら立ち上がる。 「ひょっ、兵部!どうしておまえがこんなところに!」 「やあこんにちは、皆本センセ?」 にっこり笑って小さく首を傾げてみせる。 皆本は顔面蒼白になりながら、癖のように白衣の懐に手を差し入れた。 「おや、もしかしてブラスターを装備しているのかい?ないよね?」 「うっ」 そんなものをぶら下げて学校へ来るわけがない。 ぎりぎりと歯軋りしながら、皆本はあとずさった。 がたんと音がして、背中がデスクにぶつかる。 「いやだな、そんなに警戒するなよ。イタイケな高校生に向かって」 「どこがイタイケな高校生だ!おまえ、一体なんのつもりだ・・・!」 まさか薫たちに手を出そうとしているのか、と、何か武器はないかと首を巡らすもデスクにあるのはファイルとノートパソコンくらいで、ぶつけたところで兵部に傷ひとつつけることはできないだろう。 ふと、数年前の小学校での出来事を思い出してごくりと唾を飲み込んだ。 緊迫した空気の中、兵部は飄々と保健室の中へ足を踏み入れた。 「他のパンドラのやつらもいるのか」 「え?」 低い声で問いただすと兵部は不思議そうな顔をして、ふるふると首を振った。 「いないよ。あ、澪が中等部に転入してるけど。ノーマルと馴れ合う必要はないけど、一応一般世間ってものを学んだ方がいいしね」 「じゃあやっぱり薫たちに何か・・・」 「違うって。チルドレンは関係ない。いまのところはね。君だって彼女たちとは無関係の任務でここへきたんだろう?」 くすりと笑って、兵部は皆本の威嚇などものともせずに奥のベッドに座って足を組んだ。 微かに薬品の匂いがする。あとは洗い立てのシーツ匂いだ。開かれた窓からは生徒たちの歓声が聞こえた。 「何故おまえがそんなことを知っているんだ。邪魔しにきたのか?」 息を整えながら、皆本はベッドの上の兵部を見下ろす。 「白衣が似合うね先生?」 「質問に答えろ!」 「そうかっかするなよ。カルシウムが足りないぜ?」 「・・・黙れ」 唸るように呟くと兵部はむっとしたように唇を尖らせて、本当に黙り込んでしまった。 遠くから聞こえる生徒たちの声以外何もない静寂の中で、白いベッドと白衣の男と学生服の少年。 だが現実にここにいるのは保健医でもなければ見た目どおりの少年ではないのだ。 「・・・質問に答えてくれ。ここに何をしにきた」 僅かに声を和らげてみせると、兵部は拗ねたような表情のまま低い声で返した。 「診断書が欲しい」 「・・・・・・・は?」 聞き間違いかと間の抜けた声を上げたが、兵部は変わらず不機嫌そうな表情のまま繰り返した。 「だから、診断書。体育出ないから。別に偽造するのは簡単だけど君が書いてくれるのなら話が早いし、それに」 と、台詞の途中で切って、口の中でもごもごと何か言いかけてから結局やめてしまった。 まるで警戒などしていないかのように足をぶらぶらさせながら、両手をベッドの上についてこちらを見上げる。 皆本は一歩彼に近づいて、ゆっくりと右腕を上げた。 何故そんなことを思いついたのかは分からない。ただ、今なら捕まえられると思った。 そっと兵部の肩を押す。兵部は抵抗もしなければ逃げることもせずに、ぽすんと体を後ろに倒してしまった。 昼間だから、保健室の電灯は消してある。それまで明るかった室内が雲に太陽がさえぎられたのか一瞬暗くなった。 「今なら僕を殺せるかもしれないぜ?」 ほら、とわざとらしく白い首を晒せば、皆本がごくりと唾を飲み込む音がした。 できるはずがない。そんなつもりもないくせに、さあやってみろと誘惑する。 たちが悪い。 通り魔の背中をほらと押すのに似ている。 そろそろとその細い首に右手をかけようとしたところで、がたんと扉が開いて振り返った。 「兵部」 呆然と立ち尽くしてこちらを見ているのは当然皆本の知らない人物で、だが生徒なのだとすぐに理解する。 慌てて兵部の前から立ち退こうとするのと、その生徒が走りこんでくるのがほぼ同時だった。 「てめえ、何やってんだよ!」 「真島、くん?」 寝転がった姿勢のまま兵部が呟いた。驚いたように目を見開いている。 いつもなら人の気配など瞬時に察するだろうに、この様子はどうだろう。 皆本はそれが気になって仕方なかった。 PR |
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