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「いやいやいやいやちょっと待て。同姓同名だよな。うん、珍しい名前じゃないしな」
「現実逃避かよ」 ぶんぶん首を振って落ちてもいない眼鏡を押し上げる皆本に、賢木が冷たく突っ込む。黒髪の子供は理解不能と言った表情で、そんなふたりを見上げていた。 「今は西暦何年か分かる?」 おそるおそる、尋ねる。背後にかかる大きな影は真木のものだろう。じっと子供を見つめる表情は、あまり想像したくない。頼むからここで泣かせないでくれよややしくなるから、と願いながら答えを待った。 子供は少し怯えたような、それでいて好奇心が勝るのか目をぱちぱちさせながら、 「1938年だよ。ひと月くらい前に関西の方で大雨が降った」 1938年。十年や二十年前どころではない。 やはり恐れていた事態が起きてしまったのだ、と脳内でひたすらパニックになって叫びだす自分を抑えながら、皆本はかろうじて冷静な声で礼を言った。 「ありがとう。つまり今は8月だね」 彼が言っているのはおそらく、1938年の7月はじめに起こった阪神大水害のことだろう。 妙な質問をする大人を相手に、答えを裏付ける証拠を付け加える。賢いのだな、と思った。 「ねえ……まさかとは思うけど、タイムスリップしちゃったんじゃないよね?」 後ろで薫が呟く。 だが、賢木は否定的だった。 「そんなはずはない。そんな理論はまだ実証されていないし、ここに兵部がいない」 自分の名前を呼ばれたと思ったのか、子供は賢木を見上げた。 「そこから推測される結論は?」 「俺たちは時間移動などしていない。もしかしたら、兵部の夢の中に取り込まれたのかも」 「夢?」 「ほら、いつだったか、皆本と薫ちゃんが同じ夢の中に取り込まれたことがあっただろ?」 「ドリームメーカーね」 そうだ、あのとき、<未来>の薫と一緒だった。 そして夢の中で交わした約束をずっと待っている。 「紫穂ちゃんが皆本の精神内部へと侵入したことがあった。不可能じゃない」 「じゃあ、京介が私たちを呼んだの?」 「分からない」 たんに、無意識のうちに発動した能力が制御できずにこのような事態を引き起こしたのかもしれなかった。 「ねえ、さっきから何の話?僕がなに?」 堪えきれないと言ったふうに、子供が皆本の袖を引っ張った。 その子供らしい仕草と容姿が、皆本たちの知る兵部京介とまったくかみ合わず混乱する。 「ごめん。ちょっと、僕たち迷子になっちゃったみたいで」 「それはさっき聞いたよ。でも変だよ、ここ私有地なのに。勝手に入れないはず」 「私有地?」 この、広々とした野原や森が? 怪訝な顔をする皆本たちに、子供の兵部京介は少しだけませた顔でうなずいた。 「ここ蕾見男爵の私有地。見つかったら捕まっちゃうよ?」 それは困った。 いや夢なのだから、どうなるか分からない。 これが普段見る普通の夢ならどうにでもなれと好き放題できるのだろうが、ひどくリアルでしかもひとりではないのだから、対処に困る。 「どうする?」 「どうするって……。早くここから脱出しないと」 「どうやって?」 「そりゃ……」 眠りっぱなしの、現実世界の兵部が目を覚ますのが一番いい。 中に取り込まれた自分たちが自力で出ることができるのだろうか。 と、真木がぼそりと呟いた。 「病室にいた俺たちは今どうなっているんだ?」 「……そのうち誰かが起こしにきてくれるかもな」 いつまでも連絡がとれないとなれば、柏木や他の職員が様子を見に来るだろう。 「それまで待ってるしかないってことか」 「現実とこの夢の中と、時間の流れが同じとは限らないけれどね」 「そもそも本当に夢の中にいるのかさえ断言できない」 ううん、と一同が腕を組んでうつむく。 子供からしてみれば非常におかしな光景だろうが、賢明にも黙ったまま様子を見守っている。 小さな茶色の革靴のあたりには、摘まれた小さな花が散らばっている。細い茎同士が絡み合い、何本かの花が繋ぎあわされているがどう見ても無理やり繋ぎました、といった感じで見た目はよくない。 「花冠作ってたのかい?」 そっと丁寧に花を摘み上げると、子供は頬を赤らめてすばやく奪い返した。 「うまくできなくて」 男の子の遊びではないな、と思ったが、妙にはまっている気もする。 それに遊び相手もいないようだ。ゲームやおもちゃにあふれた現代とは違う。 「あのさ、僕から頼んでみようか?」 「え?」 びっくりしたような声を出す皆本に、兵部は真剣な表情でもう一度言った。 「今蕾見男爵の別荘にいるんだけど、今日は大人は誰もいないんだ。男爵の娘がいるから、頼んでみる」 「それって」 もしかして。 六人は同時に同じ人物の顔を脳裏に浮かべて、微妙な顔をした。 「不二子さんって言うんだけど、僕の三つ上の、血のつながらない姉さんだよ」 PR |
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