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この状況をどう理解すればいいのか分からず、真木は深い皺を眉間に刻んだままただ途方に暮れるしかなかった。
そして写真でしか見たことのない、養い親の子供時代を目の当たりにして何だかひどく胸がざわめくのを感じる。 無垢で、無邪気な子供が数十年の歳月の間に苦しみぬいて、あんなふうに、ちょっぴりどころかかなり歪んだ人間になってしまった。そしてその歪んでしまった兵部京介というひねくれ者が真木は好きだった。好きになってしまったのだ。もしこのまま彼がただ幸せに(戦争という不幸に見舞われた者に使うべきではないだろうが)成長して大人になっていく未来(自分からみれば過去だが)を仮定しても意味はない。そこに真木との人生は交わらない。 見ず知らずのどう見ても怪しい六人組を、子供の兵部京介はなんとかしてやる、と言っている。願ってもない展開だが、やっぱり夢なら早く覚めてほしい。 「あ、不二子さんだ」 「えっ」 慌てて皆本たちが振り返ると、遠くからひらひらのスカートをなびかせながらひとりの少女が駆け寄ってくるところだった。栗色の長い髪のてっぺんにはリボンが揺れている。気の強そうな目は数十年経ても変わらない。 「京介!誰よその人たち」 「えーっと……迷子、だって」 「はあ?」 不二子は警戒のまなざしで皆本たちを睨んだ。さりげなく弟を守るように背後へ押しやって、細い体を精いっぱい伸ばして威嚇しながら腕を組む。 「ここは私有地よ。勝手に入れないわ」 「そうなんだけど、ごめん」 とりあえず謝っておこう。 「どこからきたの?まさかスパイじゃないでしょうね」 「えっ」 後ろで驚きの声を上げたのは兵部である。そこまで思い当らなかったのか、そもそもとてもスパイには見えなかったのか。女子中学生のスパイというのもなかなか珍しいだろう。 「本当に迷子なんだ。どうしようかと思って」 「不二子さん、別荘に連れていっちゃだめ?放っておけないよ」 「あなた何言ってるの?こんな怪しい人たちを勝手に家に入れるなんて」 (ですよねー) 当たり前である。 だがここでさようなら、と言われても非常に困る。 いくらここが兵部の夢の中だとしても、脱出方法が分からない以上うかつにうろうろできない。それに子供時代の兵部と不二子がどんな生活をしているのか興味があった。ここにいる兵部京介は自分たちの知る人物とは似ても似つかない。 真木はどう思っているのだろう、と皆本が後ろを振り向いて、だがすぐに何も見ないふりをして顔を戻した。彼の目に留まったのは無愛想な兵部の右腕ではなく、薫の泣きそうな顔だったからだ。彼女の背にそっと紫穂と葵が手を置いている。 彼女は今何を思うのだろう。 「実は、僕以外の人たちは全員エスパー……超能力者なんだ。君たちと同じ」 「え?」 兵部や不二子だけでなく、薫たちも唖然とした表情で固まった。一体何を言い出すのか。 「……本当に?」 疑わしげな不二子の後ろで身を乗り出しながら、兵部が最も現実的なことを尋ねる。 「どうして僕たちが超能力者だって知ってるの?」 そうだった。これではますますスパイと疑われても仕方ない。 この時代、エスパーの数は少なかった。差別もされてきただろう。だから、自分たちは決して敵ではないのだと、そう言いたかったのだがかなり先走りしすぎたらしい。 どうしようかと考えあぐねているところに、鋭い叫び声が割って入った。 「薫ちゃん!」 はっとして振り返ると、紫穂と葵に支えられるようにして薫がずるずると地面にしゃがみこむのが見えた。 「薫!」 慌てて駆け寄って腕の中に抱きとめる。 「どうした、大丈夫か?」 「うん、平気。何だか頭がぼんやりしちゃって……。変なの、夢を見ているはずなのに全然はっきりしない」 「逆じゃないの。夢の中だから、だよ」 気遣わしげに紫穂が背中を撫でる。 「大丈夫か」 賢木が地面に膝をついて薫の額に手を当てた。これが現実の世界ではないと言うのが信じられないほどに、てのひらは熱を感じるし息遣いも何もかも、リアルだ。 「不二子さん」 小さな声で兵部が不二子の袖を軽く引っ張った。 不二子は難しい顔をしてしばらく考えていたが、やがてうなずいて一歩踏み出す。 「仕方ないわね。いいわ、別荘に招待してあげる。ただし大人は誰もいないから何のもてなしもできなくてよ」 「ありがとう、助かるよ。でも大人がいないって、君たちだけで住んでるわけじゃないだろう?」 「研究所の視察で出払っていて帰るのは明日の夜よ」 「お手伝いさんがひとり残るはずだったんだけど、不二子さんが、いらないって帰しちゃったんだよね。ご飯どうするのさ」 「そのくらいなんとでもなるわ!せっかく私たちだけの自由な時間を手に入れたんですもの、監視は必要なくてよ」 昔から蕾見不二子の強引さは変わらないようだ。 その、変っていないところになぜか安心する。 「こっちよ」 さあ、と手を広げ、歩き出した不二子に兵部が続いた。 皆本は薫の手を掴んで立ち上がらせる。 「おんぶしてやろうか?」 「平気、歩ける」 あの子たちに見られるの恥ずかしいもん、と薫は顔を赤らめて、笑った。 最後尾を歩く真木がふとしゃがみこんで、置き去りにされたままの花を一本摘み上げる。 (なんという名前だったか、これは) いつだったか、自分たちがまだ子供のころ兵部に連れて行ってもらった草原に咲いていた小さな白い花。記憶に刻まれたあの日の光景と目の前の景色が二重に被さって、真木は大きく息を吐いた。 もしかしたら十年前の「お散歩」のとき、兵部はこの日のことを思い出していたのかもしれないと思うと、何だか切なくなった。 PR |
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