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「なーんか見覚えがあると思ったら……」
ふたりの子供が入って行く別荘を見上げて、賢木が言った。 「そうか、ばあちゃんが言ってた別荘て私ら来たことあるやん」 「スキーでね」 「真冬にね」 バベルのメンバーで慰安旅行に来たのがここだった。あのときは一面雪で真白だったし、外観も少しばかり違って見えたが確かに目の前に立つ白い建物と同じだ。 ひとりだけ、真木は無言のまま、すでに見えなくなった子供の兵部の背中を見つめている。どうしようか迷っているようにも見える。 「何してるの、こっちよ」 玄関から不二子が顔をのぞかせて手招きをする。 それに誘われて、一同はおそるおそる中へと足を踏み入れた。 モダンな造りの内装は広いロビーの右側に二階へと続く階段が伸びており、吹き抜けの天井は高く豪奢なシャンデリアがぶら下がっている。一階には左右に扉が数個、奥へ続く廊下は食堂へ伸びていることを皆本たちは知っている。その先には露天風呂。二階は個人の寝室が十二、一番奥に天井裏へと続くはしごがかかっている。 だが迷いもなくうろつくのも変だろう、六人は促されるまま不二子についていった。 導かれたのは一階の応接間である。廊下から出入りする扉とは別に壁にも扉があり、そっちは食堂と応接間との間に設置されている休憩室のようなものだ。おそらく男爵や政府の要人が酒を酌み交わしたり話し合いをするのに使用されるのだろう、密談には最適な造りになっている。 「あそこの休憩室、隅っこにビリヤード台があったよな。今もあるのかな?」 「どうかな……」 小声で会話を交わしながら命じられるままにソファに座って一息ついた。 「お茶くらいなら出してもいいわ」 「手伝うよ」 さすがに、貴族の娘に給仕をやらせるわけにはいかないだろう。そうでもなくても幼い子供に六人分のお茶を運ばせるのは酷である。そもそも自分たちは招かれざる客なのだ。 「そう?じゃあそうしてくださる?」 あっさりうなずいたところを見ると、やはりそう言いだすのを待っていたらしい。 皆本は一緒に立ち上がりかけた薫たちを制したが、真木が無言でくっついてきた。何かしていなければ落ち着かないのか、あの場にひとり取り残されるのが嫌だったのかもしれない。 見覚えのあるキッチンへ入ると、とたとたと軽い足音が聞こえて少年がやってきた。着替えたらしく小奇麗な服装をしている。こうして見るとやはり貴族の子弟と言った雰囲気で、育ちはいいのに何でああなったかなあ、とぼんやり皆本は思った。 「京介、あなた二階の部屋見ておいて」 「分かった。そうだ、具合悪そうなお姉さんがいたけど大丈夫かな?」 薫のことだろう。きちんと自分の足で歩いてはいたが、顔色は悪かった。 皆本は食器棚からカップを取り出しながら、少年を安心させるように微笑む。 「もうひとりいたあのお兄さんはお医者さんだから、大丈夫だよ。少し休ませてあげてほしい」 「はい」 と、良い子のお返事。 兵部は出入り口に突っ立っている真木をすれ違いざまなにちらりと見上げて、出て行った。 「ねえあなた、そんなところにぼけっと立っていたら邪魔よ。手伝うか、居間に戻るかしてくださらない?」 不二子が腰に手を当てて威嚇するように真木を睨みあげた。 真木は一瞬眉をひそめたが、小さくすまん、と呟いて皆本から盆を受け取る。 (うーん、すごくやりにくい……) だがそれはきっと真木の方も同じなのだろうな、と、同情するしかない。 「紅茶の葉はここ、どれでもいいわ」 「ありがとう。あとは僕たちがやるから、君は戻っていていいよ」 「そう。じゃあお願いね」 これまたあっさりうなずいて、キッチンを後にした。 やはりお嬢さま育ちだけあって何かをしてもらうこと、には慣れているようだった。それが嫌味に見えないのはやはり品の良さからきているのだろう。 「まあ、あと六十年もすればああなっちゃうんだろうけど」 「残念なことだな」 「……君がそれを言うのか」 残念なのは兵部も同じではないか、と軽く睨むと、真木はほんの少しだけ表情を和らげて、薬缶を火にかけた。 上司の子供時代に遭遇し、自分たちの知る現実の姿を思い出しては少しだけ懐かしいような、残念なような、それでいてあれでいいのだと納得するような。さまざまな思いが去来するのは皆本も真木も同じだった。 けれど、あの子供たちの未来は残酷で容赦のないものなのだ。 未来を変えることはできない。そもそもここは時間軸の上ではない、はずだった。 「これからどうしようか」 何気なしに口にした皆本に、真木はじっと火を見つめたまま無言で首を振る。 なるようにしかならない。 「そのうち少佐が目を覚ますだろう」 「そうだよな」 そうであってほしい。 起きたら起きたで、きっとまたうるさいのだろうな。 PR |
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