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君たちは何が食べたい?と尋ねる皆本と、それに答える不二子と兵部らを黙ったまま眺めていた真木だったが、ふいに目の前がぐらりと揺れるのを感じた。 (なんだ?) 眩暈でも起こしているのだろうか、と眉間をぐりぐりと揉んでみたが、気持ちの悪さはない。それよりも、たとえるなら3Dメガネをかけているような妙な感覚だ。 現実に見えている世界に被さるようにしてもうひとつの世界が二重写しになっているような。 はたして今自分が見ている光景は本物なのか。 (違う、夢だ。でも) 透けて見えるのは、いつもの黒い学生服を着た兵部だった。 「少佐」 かすれた声で呟くが、誰の耳にも届いていないようだった。 兵部は子供時代の自分たちと、皆本らがなごやかに談笑しているさまをじっと見つめている。表情は読めないが、真木は胸が締め付けられるように痛くなった。 「少佐」 そこにいるんですか。 手を伸ばそうとして、体が思うように動けないことに気付く。 兵部は僅かに目を細めて、懐かしいような、切ないような、黒い瞳でただ優しいだけの光景を見守っている。 どちらが、本物かなどと。 考えるまでもなかった。 真木の知っている兵部京介は、中身は老人でも外見は十五歳くらいの少年で、老獪さと子供っぽさが同居していて、冷酷さと優しさに満ちていて、子供が好きで、誰よりも強くて、誰よりも意地っぱりなただの人間だった。 可愛いな、と誰もが思うだろう子供時代の兵部は真木の知らない世界の知らない人間だった。きっと幸せな未来がくるだろうと信じているような、無垢できらきらした少年に心当たりはないのだ。 喉の奥が震えたようだった。 声が出ない。 呼びたいのに。 「真木」 聞きなれた、耳になじみきった声に真木ははっとした。 ここに非現実的な(すでにもう非現実的な世界にいるのだが)光景がすぐ目の前で繰り広げられているというのに、どうしても誰も気づかないんだ。 薄い膜が張ったように、学生服姿の兵部の向こう側では平和な団欒が映し出されている。誰も真木のことを気にしないのは、彼が無口で干渉されることを嫌う人間だと思っているからだろうか。おそらく、どう接していいか分からないに違いない。 だからと言って無視することはないだろう!と歯がゆく思う。 もしここに葉や紅葉がいれば、きっと気付くはずだ。 どうしたんだよ真木さん、顔色悪いぜ、とか。 どうしたの真木ちゃん、幽霊でも見たような顔して、とか。 (ああもう!) 「真木、ごめん」 なぜ謝るんだ! 行き場のない怒りににた疲れが、誰よりも大切な存在へと八つ当たりしそうになる。 もしここで叫びでもすればみんな気づくだろうか。 だが声が出ないのだ! (どうしてこういう事態になったんですか) 心の中で必死に呼びかける。 ここが夢の中であろうと兵部の意識の中の世界であろうと、きっと伝わると思った。 案の定、くすりと笑う気配がする。気配がするだけで、目の前にいる兵部は変わらない表情だった。気のせいだったのだろうか。 「僕もさ、夢を見るんだよ」 (ええ、そうですね。知ってますよ) 「悪夢ばかりじゃなくて、懐かしくて恥ずかしいな、なんて思うほど平和だった時代のこととか」 (それは初耳です) あまりその話は聞きたくない、と思ったが、伝わらないように自制した。 自分の知らない、兵部の幸せそうな顔なんて興味はないのだ。 なぜならそこに自分がいないではないか。 「でも僕は君に見てほしかった。皆本にも知ってほしかった。目を覚ませば忘れるだろうけど」 皆本にも、という言葉に真木は眉尻をぴくりと上げたが、黙っていた。 真木は知っている。兵部は皆本という男を憎むと同時に、本当はもっと違う感情を抱いていることに。 彼がどこまでチルドレンを信じていられるか。それを試していることに。 いつか裏切るよ、と言いつつも、裏切らないでいて欲しいと願い、それでいて薫には自分と同じ苦しみを受け止めてほしいと思っていることも。 矛盾しているのだ、兵部京介と言う男は。 (それで、こんな昔の夢を?) 「違うんだよ。見せてやろうと思ったのはもっと後。でもうまくいかなくて」 (もっと後) それが何を指しているのかすぐに理解した。 (俺は見たくないですね) 「そうだよね。やっぱり嫌だよねえ」 (あなたチルドレンたちにトラウマ植え付けるおつもりですか) 「そうだよねえ」 のんびりした口調と内容が合っていない。 (あなたは俺の知っている、兵部京介少佐ですよね?) 「どうかなあ」 そう言って、兵部は振り返って真木を正面から見ると、今度こそはっきりと笑った。 「君の知っている僕はごく一部かもしれないよ」 PR |
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