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「この状況で我々を招き入れた、それ自体がヒントということはありませんか?」
ふいに思いついたことを話してみる。 兵部は顔を上げて、怪訝そうに首を傾げた。 「どういう意味?」 「いえ、ただの憶測で適当にしゃべっているだけですが。もし本当に少佐が、何か理由があって我々をここへ呼んだのであれば、その時期に関係があるのではないでしょうか」 「時期?」 「はい。場所と時期です」 蕾見男爵別邸であること。 現在が1938年の夏であること。 「漠然としているなあ……。もうちょっと絞り込んで」 「ええと……。あ」 ぽかんと口を開けたまま間の抜けた声が漏れた。 同時に、兵部も何かに思い当ったようにぽんと手をたたく。 「子供しかいない状況」 「俺も思いました。考えてみると、子供である少佐と蕾見不二子がふたりだけで丸二日留守をするというのは珍しいことでは?」 「珍しいも何も、こんなことないし……あ、ちょっと待った。なんか昔そういうことがあったような」 「え?」 ではやはりここは過去なのか? だが兵部は首を振る。 「何となく思い当る節はあるけれど、当時の僕は君たちには会っていないよ。漫画じゃあるまいし並行世界でうんたらかんたらってことは抜きで」 「何があったんです?」 もしかすると、過去の出来事を夢の世界でトレースしているのかもしれない。 「えーっと……」 あまりはっきりと思い出せないのか、兵部は難しい顔で考え込んでしまった。 「じゃあこの豆腐切ってくれ。危ないから皿の上でな」 「はーい」 どうしても手伝う、という子供に、賢木はそう指示をした。 兵部は嬉しそうに返事をすると、台所の隅っこに置いてある踏み台を持ってきて流しの前に置きひょいとのぼった。それでも目線は賢木や皆本よりずっと下にある。 「お兄さんたちは料理上手なの?」 「まあな、男も料理くらいできないともてないぜ」 「ふうん。軍の偉い人は男子厨房に入らずって言うよ。いつも不二子さんが文句言うけど。不二子さん料理なんてしないもんね」 「いやいや、これからの時代料理洗濯掃除に育児、なんでもできるのが男のトレンドってもんだ」 「とれんど?」 和気あいあいと作業をするふたりを微笑ましく見守りながら、玉ねぎの皮をむく。 (あれ) ふいに皆本は小さな違和感を覚えて手を止めた。 「なあ賢木」 「ん?」 兵部が豆腐を皿の上で切ろうと四苦八苦するのを見ながら、賢木が生返事を返す。 「いや、なんか、変じゃないか?」 「何が?」 「何だろう……。こう、もやもやするんだが」 「何言ってるんだよおまえ」 ほらあんまり強く手を置くと豆腐が崩れちまうぞ、と優しく叱りながら賢木はやはり皆本を見ることなくそっけない。 「ちゃっちゃっとやらないと薫ちゃんたちがお腹すかせてるぜ」 「ああ、悪い」 そうだよな、今は料理に集中しないとな。 慌てて作業を再開しながら、それでもやはり何か大切なことを忘れているような気がしてならない。 「あ、そうだ!」 ふいに兵部が声を上げた。 「こら、危ない」 「ごめんなさい。あのさ、実はもうすぐしたらお客さんがくるんだよね」 「客?」 では自分たちがここにいることを知られるとまずいのではないだろうか。 顔を見合わせたふたりに、だが兵部はふるふると首を振った。 「大丈夫、男爵への届け物を持ってくるだけだし。すぐ帰っちゃうと思う。忙しいし」 「知り合いかい?」 「うん」 大きくうなずいて、皆本を見つめた。 「ちょっと、お兄さんに似てる」 「僕に?」 「うん。優しそうなところとか、あと眼鏡かけてるところとかそっくりだよ」 「へえ……」 世界には似た顔の人間が三人いると言うが、時代を隔てて日本に自分と似た人間がいるのなら興味深い。 「こっそりのぞいてもいいかな」 「うん、こっそりね」 皆本がだめもとで提案してみると、意外にもあっさり兵部はうなずいた。 「お兄さんの家族とかじゃないよね?名字違うし」 「うーん、違うんじゃないかな」 「皆本のじーちゃんだったらびっくりだけどな」 「じーちゃん?」 きょとんとする兵部の頭を賢木は笑いながら軽く叩いた。 PR |
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