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どこか遠くで人の声が聞こえたような気がして、兵部は顔を上げた。
「どうしたの?」 向かいの席で不二子が怪訝な顔をする。 手に持っていたフォークを品よくテーブルに置いて、兵部は空になったグラスに冷やしたお茶を注いだ。もうひとつ、中身が減っている不二子のグラスに足してやり手渡す。 「うん、今誰かに呼ばれた気がしたんだ」 「あなたそんな能力あった?」 「ない……はずなんだけど」 「でも私たちの力は未知数よ。もしかしたら、何かのきっかけで新たな能力に目覚めることもあるかもしれないって、お父様おっしゃってたわ」 「うん、そうだといいね」 もっと強くなりたいしね、と子供たちが微笑み合う。 そう、もっと強くなれば、きっと超常能力を嫌う軍人や政府のお偉い方にも認められる日がくるだろう。そうすれば沢山の人を救うことができるかもしれない。お国のために、という意識はまだ兵部は薄い。ただ、子供心にもっと褒められたい、期待にこたえたいという思いがあるだけだ。 (ああ、そうだった。認めてほしかったんだな) ぼんやりと兵部は思った。 目の前の暖かな思い出を懐かしげに見守りながら、彼はひとり納得する。 好きだったから、裏切られて悲しくて復讐を誓った。 それと同時に、認められたくてがんばっていたのに結局認められなかったという諦めがそこにはあった。 ではどうすればよかったのだろう。 考えても詮無いことだけれど、こうして非現実的な世界でひとりさまよっていると考える時間だけはたっっぷりとあって、思考を中断するおせっかいもここにはいなくて。 (あ、そうだ。そういえば誰もいないや) なんだ置いて行かれたのか。 不思議と怒りは感じなかった。おそらくどうしようもない事態なのだろう。だったら、もう天に任せるしかない。 戻れば病院のベッドの上だろう。二度と戻れないのであれば、こうして自分の人生をもう一度たどっていくのだろうか。他人事のように、何の干渉もできずに。 「退屈だなあ」 もしここで自分の力を発揮することができるのならばどうか。 果たして自分は、隊長を殺すだろうか。 殺せないだろうな、とひとり自嘲する。 幼いころの自分はあんなにも、あの男を好いていたのだから。 ほんの短い幸せな思い出すら奪ってしまうのはかわいそうだ。 「僕がね。僕自身がかわいそうだよね」 ああ、あのおせっかいな子供は今頃どうしているのだろうか。 (呼んでみようか) ふと思い立って、兵部はゆっくりと口を開けてみた。 「真木?どこ?」 「少佐!」 「あれ?」 なんでこうもタイミングよく声が聞こえるのか。 笑いそうになるのを堪えて、兵部はもう一度すすけた天井を見上げた。空から声がしたと思ったからだ。まるで夢を見る小さな子供のように。 「真木?呼んだ?」 「少佐!」 質問に答えろよ、と怒鳴り返そうとして、てのひらが何か暖かいものに包まれた気がした。 「あ、おはよう」 目覚めの一言はそんな間の抜けたもので。 今にも泣きそうな、歪んだ顔がすぐ目の前にあったので、兵部はおおいに顔をしかめた。うっとうしいし暑苦しいし見苦しいしなんか汚いし。 「ちょ、近い」 「ああ良かった……!」 今度は腹のあたりに顔を埋めて真木がすっかり表情を隠してしまう。 「おいおい。子供じゃあるまいし泣くなよ」 「泣いてませんよ!」 もう、と子供を叱る大人の顔をしながら、それでも真木は笑おうと努力しているようだった。結局失敗してひどい面をしているのだけれど。 「長い夢を見ていたようですね」 「ああ、うん。でもちょっとだけ満足」 「満足ですか?」 俺はもうこりごりですが、とさらりと嫌味を言い放つ真木を無視して兵部は体を起こすと頭をかいた。 「まあね、良い思い出って必要だよね。誰にも」 「そうですか。でも今の方が幸せでしょう?」 「やけに強気だねおまえ」 頭でも打ったんじゃないのか、と本気で心配する兵部に、真木はただ笑顔を返すだけだった。 過去に戻ったわけではなくて良かった、と彼はひっそり思う。 兵部が良い思い出だと言った彼の過去を、かの男を、壊さずに済んだのだから。 PR |
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