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沖縄にでも行こうか、という兵部の思いつきに、人知れず誰よりも喜んだのは実は真木だったかもしれない。 海外の活動も一段落したものの、忙しい日々が続いている。兵部の疲れもそろそろピークに達しているのではないだろうか、と危惧していたところだった。 しばらく日本に戻って、のんびりするのもいい。そのまま彼と数人を残して自分だけ仕事に戻り、雑事をすべて片付けるという案もある。ただし兵部はうんとは言わないだろう。いつでも彼は先だって自分が動きたがる傾向にある。 女性陣がはしゃぐのを苦笑しつつ眺めながら、真木は相変わらずスーツにネクタイという怪しい格好のまま、ビーチチェアーに横たわる兵部にジュースの入った冷たいグラスを手渡した。 「少佐は泳がれないんですか?」 パラソルの下にいるにも関わらず、日差しが強いからとかけていたサングラスを指でずらし兵部はちらりと真木を見た。 わずかに眉をひそめたのはきっと、暑苦しい、とでも思ったに違いない。 何度か注意してみたものの、これが自分のスタイルですから!と強固に主張されれば、もう何も言えない。 「疲れるから嫌だ」 「そうですか」 聞いてみただけだ。 もし本当に兵部が肩に羽織ったシャツを脱ぎ棄てて海に入ろうとすれば慌てて止めなければならない。 ただ、はたしてこの人は泳げるのだろうか、と疑問に思っただけである。 露天風呂では子供のようにばしゃばしゃ遊んでいるのを見かけることは多々あるが、波のある広い海でざぶざぶ泳いでいるところはあまり想像できなかった。 「かなづちじゃないよ。失礼なやつだな」 「は、いえ、あの。よまないでください。すみません」 ぶんぶん手を振りながらうなだれると、くすりと小さな笑い声が聞こえて顔を上げる。 兵部はサングラスを放り投げると、ゆっくりと体を起こして手を差し出した。 「部屋に戻る」 「はい」 当然のようにその手をとって立ち上がるのを助けると、そのままホテルへと向かった。 じっとこちらを見つめる視線には気づいていたが、あえて振り向かなかった。 優越感に浸るほど傲慢でも子供でもない。 ただ、ほんの少しだけ胸が痛くなるだけだ。昔から甘えたがりの末っ子のことは、けっこう気にしている。 (こういう性格も、割りを食っている) だがそれを抜きにして真木司郎という人格は型をなさないだろう。 誰だって、大事な人の一番にはなりたいと考えるが、真木は兵部の一番でありたいなどとは思わなかった。自分にとっての一番が兵部であること、それだけでいい。だが、あの末っ子はまだそこが理解できない。 真木のそれは、葉の考えるそれとは微妙にずれていることを兵部も紅葉でさえ気づいている。 「子供なのはどっちよ」 浮き輪にぷかぷか浮かんだまま、波の気の向くまま流されている紅葉はひとり呟いた。 涼やかな声が頭の中に流れ込んできて、思わず笑い出す。 『僕のことを言っているのかな?それとも真木?』 「どっちでしょう。ただ分かっていることは、みんなあなたが大好きだってことくらいよ少佐」 『照れるなあ』 「照れないでよ」 『その水着、とても似合ってるよ』 「ありがと」 そのまま、ぷつりと会話がとぎれて、やがて静かになった。 テレパシーでの会話は余韻がなく、終わったとたんに寂しい感じがするのはいつものことだ。 面と向かって話すのなら遠ざかって行く背中を見れるし、電話なら切る瞬間が分かるから未練もない。 テレパシーの場合は、じゃあね、というさよならの合図がなければいつまでも繋がったままのような錯覚に陥ることがある。 『じゃあね』 呆れたような色を含んだ声がぼわん、と聞こえて、紅葉はくすくす笑った。 広い部屋の中央に置かれたキングサイズのダブルベッドは、おそらく真木のような体格のいい男が三人寝てもまだ余裕があるだろう大きさだった。 そこを占領するのは平均的な体格の少年ひとりで、どれだけごろごろ転がっても落ちる心配はないだろう。 シャワーを浴びてガウンに着替えると、真木が当然のようにタオルを持って突っ立っていた。ろくに乾かさず上がったせいでぽたぽたと髪や体から落ちる雫を律義に拭きながら真木はタオルを兵部の肩にかける。 「さっきはなぜ笑っていたんです」 「目ざといね」 「いえ、こちらをちらちら見ていたので気になったんですよ」 「紅葉とちょっとね」 「紅葉ですか」 葉となにか話しているのかと、と思っていた真木は意外そうな声を上げた。 「葉が、やきもち焼いているっていうから」 「やきもちですか」 「さっきから鸚鵡返しばっかりだね」 ちゃんと考えて発言しなよ、とまるで学校の教師のようなことを言われて、真木は面食らった。 「葉が、俺を快く思っていないことには気づいています。いまだにあなたを独占したいとうい子供心が抜けていません。あいつももう少し幹部としての自覚が育てばいいのですが」 ラタン編みのソファに腰掛けてテレビのリモコンをもてあそぶ兵部の髪を丁寧に拭きながら、生真面目な表情で言う真木に、兵部は首をぐるりとまわして振り返るとひらひらと手を振った。 「ああ、違う違う」。 「え?」 軽い調子で否定され、思わず手を止めた。 「違いますか」 「全然違う。似てるけれど、あいつが独占したいのは僕じゃないんだよ」 君は気配りは上手くてもけっこう鈍感だよね、と失礼なことをさらりと告げて後ろ手に真木の腕を掴んだ。 「パンドラのメンバーもかなり増えた。これからもまだ増えるだろう。仕事も比例して多くなるし、いつまでも今のままではいられない。それは僕と、君たちも同じことだ」 「・・・急に、何の話です」 内心、こういう話は聞きたくなかった。 真木が最も恐れていることを、兵部はあっけらかんとした表情で、口調で、諭す。 耳をふさぐことは許されなかった。 いつか兵部の代わりに自分たちエスパーを率いることになる彼女たちの話を、初めて聞いた時の衝撃は忘れない。 まだ先の話だ、ずっと遠い未来のことだと自分に言い聞かせ続けて、もう何年がたっただろう。 「・・・もしかして、それが葉の、独占したい時間の話ですか」 「時間でもあり、存在でもあり、場所でもある。インプリンティングにも似ているね。僕と出会った頃、まだ君や紅葉しかいなかった頃を最も幸せな時間だと認識してしまっているから」 家族が増えることは幸せなことなのに、メンバーが多くなればなるほど自分の居場所が狭くなってしまうような気がするのだと兵部は言った。 「僕を中心にしているから、いつもそばにいる君がいつだって昔のまま立ち位置がぶれていないことを羨んでいるんだろう。一歩円の縁を超えて外へ出てしまえばあとは皆同じだと、そう感じているのかもしれない」 「幹部という位置にいます」 「そんなものはただの飾りにすぎない。僕が拾った子供の中で最も古株だというだけの話だ。一緒にいる時間が他の者より長いから誰よりも信頼しているけれど、だからと言って新入りを遠ざけたりしているかい?」 「いいえ。いいえ、そんなことはありません」 兵部はいつでも公平だった。自分たちが幹部という立場にあるのは兵部の言うとおり一番の古株であると同時に、次々と仲間になったメンバーたちが頼ってくれるからである。 一般社会の企業のように、辞令がおりて任命されたものではないのだ。 思えば、それまで被保護者であった自分たちはいつの間にか兵部の部下になったが、それも「今日からおまえたちは僕の部下だ」などと宣言されたわけでもない。 兵部にとってはメンバーの全員が家族で、全てを保護下に置いている。ただし強制はしないけれど。 「難しく考えることはないよ。ただ組織が大きくなるにつれて自ずと自分の立ち位置を考える時期にきているのさ。誰しもがね」 重くなりがちな話題から逃れるようにきっぱりと言い切ると、兵部は立ち上がって窓の外をのぞいた。二階建ての建物の二階に位置しているので、海辺で遊ぶメンバーたちの歓声がここまで届く。 「君は僕の右腕。紅葉は、そうだな、いつでも背中を守ってくれるかな。ああ左肩にはげっ歯類がいるね」 今は澪たちと大はしゃぎしているけれど、と優しいまなざしで下を見下ろしながら、腕を組んだ。 「葉は、ええと、膝の裏」 「・・・はい?」 なんだそれは。 そんな肩書は聞いたことがない。 必死で意味を考える真木ににやりと笑って、兵部は自分の膝を指さした。 「よくやるだろ、膝かっくん。あいつは僕の膝の裏を不意打ちで蹴ってきて、このじじいちょっとは大人しくしやがれ、ていう役」 「・・・・はあ。いいんですかそれで」 呆れた調子でぐぐっと肩をすくめると、いいんじゃない、とこれまたひどく軽い返事が返ってきた。 「末っ子の特権だよね」 『ねえ少佐、その話そのまま葉に伝えていい?』 「だめ」 繋ぎっぱなしのまま沈黙していた紅葉の突然の声に、兵部はあっさりノー、と言って、さっきからこちらを見上げてはそわそわしている末っ子に手を振ったのだった。 PR |
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