「いやだからさ、それじゃ意味ないじゃん?むしろ嫌がらせじゃん?」
どこかおもしろがっているような、それでいて若干焦りを含んだ声がして、兵部はうっすら目をあけた。小声でぼそぼそ会話をしているということはおそらく内緒話のつもりなのだろう。こちらがぐっすり熟睡しているものだと信じているらしい。
ここで飛び起きて「何の話?」と聞いてやってもいいが、彼らが非常に深刻そうな雰囲気を放っていたので、とりえあず寝たふりをして盗み聞きをすることにした。
「葉先輩は考え過ぎです。少佐だってきっと喜びます!ぷぷっ」
「いやおまえ絶対変なこと想像してるだろ?俺が言ってるのはじじぃは喜ぶかもしれないけど、それじゃ真木さんがかわいそうだって言ってんの」
「少佐が喜ぶならいいじゃないですか」
「いやいいけど。でも俺がおもしろくないからダメ」
「それは嫉妬ですね?ジェラシーというやつですね?」
「おまえね・・・」
だんだんヒートアップしてきたのか、もはや内緒話のトーンを明らかに崩し始めている。
それにしても何の話をしているのだろう。
(僕は喜ぶけど真木がかわいそうってなんだ?)
おもしろいじゃないか!とすぐさま割って入りたい。ああもどかしい。
だがどうも人が寝ているそばで相談しているにも関わらず本人には秘密にしたいらしいので、葉はともかくとしてここで台無しにしてしまってはパティがかわいそうだ。
「紅葉はどこ行ったんだよ、もう」
「さっきケーキを買ってくるといって出て行きました」
「あっそ・・・。うーん困ったな。大体真木さんが悪いよな。こういうときこそナンバーツーが率先して指揮をとるべきなのに」
ちぇっ、と拗ねたような顔をしているのが目に浮かぶようだ。
(あ、鼻むずむずしてきた)
一度気になるともうどうしようもない。
兵部はくしゃみを我慢するためにぎゅっと唇をかんだ。
(何の話してるんだよ)
数秒の沈黙の後、ひそひそ話が再度声を落として再開する。
「仕方ないか、真木さんぎりぎりまで仕事だもんな。気にしてるだろうなあ」
「きっとプレゼント持って帰ってきますよ。きっと夜のグッズがたくさん・・・ぷぷっ。はっ、そっそれはらめぇぇ!」
「しーっ!バカ声がでかい!少佐が起きちまう!ていうか何想像したんだこら」
もうとっくに起きているのだが。
それでも、ふたりがはっとしてこちらを振り向いて確認しているのが分かるので、なるべく兵部は呼吸を整えて寝たふりを続けた。演技力には自信がある。ちょっとヒュプノでもかけてやればあの鈍感眼鏡を口説き落とすことだって楽ちんだろう。
(一度やったしな。あの反応は爆笑ものだった)
思い出し笑いをしそうになって、慌てて兵部は心を無にしようと努力した。
無我の境地だ!
「・・・大丈夫みたいですね」
「真夜中まであのげっ歯類とゲームやってたからな、まだ起きないだろ。ったくガキみたいだよな本当」
(おまえが言うな!)
むっとしてもじゃもじゃの頭を叩きたい衝動に駆られるが、ぐっとこらえる。
と言うより、なぜここまで忍耐してまで寝たふりを続けているのだろう。
「少佐を喜ばせる仕掛けを作るのが今回の私たちの任務です。他にいい案があるなら良いですが、さっきから何もアイデア浮かばないじゃないですか」
「うっ・・・」
(ははーん。見えてきた)
さっきから何を言っているのかと思えば、だ。
うっすら目を開けてふたりの後頭部を確認してから視線を上へずらすと、大きなカレンダ―に赤い丸がついている。
(せいぜいびっくりしてやろうじゃないか)
いい加減祝われるほどめでたい年でもないのだが、それでもやっぱり嬉しいものは嬉しい。生まれてきてくれてありがとう、なんて。
あまり深く考えるといろいろな思いが交錯してつい憂鬱になったりもするが、彼らが自分に内緒で仕掛けをしているのだというのなら存分に乗ってやろうではないか。
「あーわかったよ。それでいこう。本当に用意してあるんだな?」
「任せて下さい!」
「ていうか何でそんなもん持ってるのか聞いてもいいか」
「乙女の秘密です」
「・・・・・・・・乙女、ねえ」
複雑そうに葉が呟き、呆れたように頭をかいた。
「オーケー、んじゃ、真木さんが戻ってくる前に準備整えておくか。あと逃げられないように他のみんなに通達出しておかないと」
「小さい子たちは飾り付けしてますから、あれを扉や窓にたくさんはりつけておけばそれを破って逃げようなんて思わないんじゃないでしょうか」
テレポートできないんだし、とパティ。
「お、いい考えだ!よし、んじゃおまえはそれを部屋から持ってくる。俺はちびどもと飾り付けを大量に作る。それでいいな」
「了解」
どうやら話は決まったらしい。
ふたりが立ち上がる気配がして、兵部は慌てて寝返りを打って背中を見せた。
葉がこちらを近づいてきて顔をのぞきこみ、きちんと寝ているのを確認するとかけている毛布をそっと顎の下まで引き上げる。
「もうちょっと、寝ててくれよな少佐」
小さく言って離れて行く。
ああ、こんなふうに人を気遣うようになったんだな、と兵部はちょっぴり感慨深い溜息をついた。
うああああああああああああ、と心底恐怖している叫び声が聞こえて兵部は跳ね起きた。ついうっかりうとうとしてしまったらしい。時計を見ると夕方の6時を指していて、さっき葉とパティの内緒話を盗み聞きしてから二時間ほど経過していた。
そろそろ起きて行かないと不自然だろう、と立ち上がる。
それにしてもさきほど聞こえてきた声は何だったのだろう。
「真木のに似てたけど」
だがこれまであんな奇妙な悲鳴を彼が上げているのは聞いたことがない。
何かあったのだろうか、とも考えたが、それほど緊迫した空気は伝わってこないので別に敵が現れた、とか、マッスルが彼女を連れてきた、と言った類のものではないらしい。
兵部は脱いでいた学生服の上着を肩から羽織って下へと降りて行った。
幹部以外のメンバーも気軽に集まることの多いリビングへ近づくと人だかりができている。中からは子供たちのはしゃぐ声と、ひゃああ、とかやめろぉぉぉ、と言った悲痛な声が漏れていた。
「何の騒ぎだい?」
「あ、少佐」
しゅるしゅると触手をのばして戦闘態勢に入っているカズラが驚いたように振り返り、慌てて首を振った。
「いえ、あの、ちょっと待って下さい」
触手を振りながら、兵部が中をのぞくのを妨害する。
「少佐がきたわ!」
「え、ちょっ、まっ・・・」
焦る葉の声と、真木のどなり声が重なる。
「真木?」
カズラの妨害を簡単に無視して、そのままリビングへとテレポートで移動する。
そこで目にしたのは部屋中に張り巡らされた、折り紙で作ったらしい輪っかや花などの飾りと、異様な姿をしている真木と、暴れる彼を取り押さえようと奮闘する葉にパティ、そしてけらけら笑っている紅葉、そしてその他大勢のメンバーたちの姿だった。
「・・・・・・・・ええと、何これ」
一言で表現するならばカオス。もしくはファンタジー?
真木はいつものダークスーツを上半身だけはぎとられたらしく、下着のシャツの上から赤いリボンでぐるぐる巻きにされていた。ズボンはかろうじて死守したようだがベルトは外れそれをパティがひっぱっている。うねうねと伸びる炭素でできた長髪のてっぺんには猫耳のカチューシャが可愛らしく乗っており真木が動く度にびよんびよんと揺れていた。
ふ、と気が遠くなりかけたが何とか落ち着こうと深呼吸をして、兵部は冷めた目でちらりと紅葉を見た。おそらく、一番まともに説明してくれるだろう、と思ったのだったが。
「ちょっと真木ちゃん!さっさとズボン脱いじゃいなさい!ちゃんと台詞の練習はしたの?『プレゼントはお・れ』てちゃんと言うのよ!」
「言うかああああああああ!」
いやだぁぁぁぁ、となりふりかまわず首を振る真木の、長髪がぶんぶん揺れてとりおさえる葉を容赦なく攻撃した。べちっべちっと音がする。かがんでいるパティは上手く攻撃から逃れているようだ。
「いてっいてっちょっ、真木さん痛いっ」
びよんびよん。猫耳も激しく踊る。
ダメだ、耐え切れない。
「ぶっ・・・ぶわっはっはっはっはっはっはっ!」
一度吹き出すともう駄目だった。兵部は腹を抱えて笑い出し、そのうちあまりに苦しくて体を二つ折りにしてしゃがみこんでしまった。
「だっだめだ、く、苦し・・・・い、息が、で、できな・・・」
「いやぁぁぁ少佐!ちょっと!笑い死になんて恥ずかしいからだめぇぇ!」
マッスルがぐりんぐりん腰を振りながら迫ってくる。いつもなら視線ひとつよこすだけで遥か遠くへ引き離せるのに、このときばかりは超能力さえ発揮できなかった。ただひたすら苦しい。ああ、天国が見てきた。
「た、たすけ・・・ま、真木・・・っ」
「少佐!?少佐ァァァァ!!」
兵部に気づいた真木は蒼白な顔で葉とパティを突き飛ばし走り寄ってきた。
「だ、大丈夫ですか少佐!落ち着いて呼吸をして下さい!」
「う、うるさい・・・ていうか、ちょっ、近づくな、もう駄目、うわっはっはっはっはっ」
心配そうに腰をかがめてこちらの顔色をうかがう真木の、猫耳がびよんびよん。
「死ぬ、僕はもう・・・死んじゃう」
「いやぁぁぁ少佐ァァァ!」
どこぞで見ていた澪が泣き出し、つられて子供たちもわんわん泣き出した。まさに阿鼻叫喚である。
「ちょっとちょっと、落ち着いてよみんな!真木ちゃんはさっさとズボンを脱ぎなさい!」
「いや違うだろ!誰かァァァ!お客さんの中に酸素マスクはいませんかー!?」
葉が一番混乱しているようだ。
「まぎ、真木っ」
「はいっ少佐!どっどうすればあわわわわわ」
「ああもう苦しい」
こぼれる涙をぬぐいながら、兵部は相変わらず猫耳カチューシャをつけたままの真木を見てぶふっと吹き出した。
「ぼ、僕を助けると思って・・・」
「は、はい!何でもおっしゃって下さい!!」
おろおろする真木の袖をつかみ、わんわん泣きじゃくる子供たちをなだめる紅葉や意味不明なことを叫んでいる葉やスケッチブックに地獄絵図を描いているパティを尻目に兵部は言った。
「さっきの台詞をおまえが言ったら、死なずにすむかもしれない」
「は、え、ええ?」
「ほら早く。『プレゼントはお・れ(はーと)』だろ?」
「ひぃぃぃぃぃ」
思わず頬を引きつらせた真木の、びよんびよん揺れる猫耳に、兵部は今度こそ気が遠くなる予感がした。
これなんてパーティ?
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
PR |
![]() |
![]() |
|
![]() |
トラックバックURL
|
![]() |