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自分と同じくらいの背丈の少年にネクタイを引っ張られて、皆本は慌てて踏ん張った。
「わわ、ちょっ」 「てめえ・・・」 長い前髪からのぞく目は険しく、年頃の少年に似つかわしくない殺気に満ちていた。 自分がこのくらいの年だったとき、こんな目をしただろうか。 皆本は彼が本気であることにいまさら恐怖した。少年の行動にではない、そこまでして人を憎むことがすでにできるということに。 「真島くん」 緊迫した空気に割って入ったのは、何でもないようなのんびりした声だった。 皆本の胸倉を掴む真島の肩に手をおいてなだめるように軽く叩く。 「誤解だよ」 「ああ?」 殺気立った目で睨まれてもまったく物怖じしない様子で、兵部は笑った。 「僕がからかっただけ。この人知り合い」 「・・・知り合い、なのか。この変態と?」 「誰が変態だ!」 思わずいつものように突っ込んで、だが好意のかけらもない顔で睨まれると何も言えなくなる。 兵部が真島の手をひっぱり、皆本から離した。 「僕の妹の、友達の保護者だよ。ね、皆本センセ?」 にやにや笑いながら片目をつむってみせる。 ここで否定しても面倒なことになる。皆本は仕方なく曖昧にうなずいた。 「それよりどうしたんだよ真島くん。授業は?」 「いや、別に。迷わなかったかなって思って」 嘘だ。 本当は体育に出るのが面倒くさい半分、兵部が気になったのが半分。 診断書をもらいに行くとは言ったが、本当は具合が悪いではないかと後をつけてみれば、見知らぬ保健医に襲われている。 ついかっとなって踏み込んだはいいがどうやらおせっかいを焼いてしまったようだ。 真島は恥ずかしくなって、赤面するのをごまかすようにぶっきらぼうに舌打ちした。 「彼は」 「ああ、真島くん。クラスメートだよ」 皆本の、兵部を見る目が気になった。 これは大人が子供に向ける表情だろうか。 兵部は親しげにしているが、『皆本センセ』が兵部に対する態度にはどこか敵意が感じられる。 あまりふたりを一緒にしておきたくはない、と真島は思った。 「診断書、書いてもらったのか?ていうかあんた誰」 「あ、まだ。先生、お願いします」 物分りの良さげな素直な生徒、を一般人の前で演じられた以上、皆本もそれ以上突っかかることはできない。 ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。少なくとも兵部は今すぐどうこうしようというわけでもなさそうである。 彼がここにいる理由を、後で薫たちに聞かねばならないだろう。 「休暇をとられた保健の先生の代理で来ました皆本光一です。驚かせてごめん」 デスクの前の丸い椅子に腰掛け、取り繕うかのように笑みを浮かべたが、真島の表情は険しいままだった。 「ええと、診断書。ここ名前書いてくれ。印鑑は?」 「あるよ」 それまで何もなかったはずの手の中に、どこでも見かける安っぽい印鑑が出現した。 上手く真島の死角になっているところで息をするように能力を使ったのか。 呆れて、皆本はため息をついたが、兵部はそしらぬ顔で指し示された場所に判を押した。 「病名は?」 そっと兵部に目配せして、屈んだ兵部に小声で尋ねたが、返ってきた答えに皆本は肩を落とした。 「なんか、テキトーにそれっぽいの書いておいてくれよ」 「おまえな・・・」 そうまでして体育の授業が嫌かジジィ、と思ったが、サイコキネシスを使って無理やり書かされるのはごめんだと、必死でそれらしい 病名を頭に思い浮かべながら『テキトーに』明記する。 「でも病院の診断書をつけないと」 「うん、偽造しとく。病名とか分からないから君の診断書を見て書くよ」 「あのなあ・・・」 それなら始めから全部そうしてくれ、と思わなくもなかったが一応保健医直筆のサインというのは必要なのだろうと勝手に納得しておいた。 「なあまだ?」 腕を組んで壁にもたれていた真島がイライラしながら口を挟んだ。 「先に戻ってていいよ。ていうか君授業行かないのかい?」 さっきも聞いたけど、と尋ねたが、真島はふい、とそっぽ向いて舌打ちした。 「おまえが言うのかよ」 「うーん。分かった、先に行ってて」 暗に、皆本とふたりで話がしたいのだと告げると、友人は一瞬眉をひそめたが、何も言わず保健室を出て行った。 「おまえ、友達ができたのか」 心底驚いたような声音の皆本には答えず兵部は高校生の仮面をはずして、 「そんなことより皆本くん。君がここに来たということは、この学校で何か事件かな?」 「・・・おまえには関係ない」 言って、だがおそらく兵部がここにいる理由も同じなのだろうと皆本は思った。 同じ敷地内にいるため彼女たちの力を借りることがあるかもしれないが、三人の授業の邪魔はできなかった。 自分がここへ潜入したのはバベル職員として最も<養護教員>らしいから、という適当な理由をつけてちょっぴり薫たちの学校生活をのぞいてみたかったのである。中等部と高等部では校舎は違うが、学校の雰囲気だけでも何となく察することができればいい、と思った。 バベルの報告によると、この学校に在籍しているエスパーたちが過去に起こった事件と関わりがある可能性があるとのことだった。皆本やチルドレンが出動した任務ではなかったが、報告書を読み返し、これが本当なら野放しにはできない。 ただ可能性がある、というひどく曖昧なため直接彼女、彼らと接触するには段階を踏む必要がある。 「・・・・ふうん」 しばらく黙って皆本を見つめていたが、やがて何か納得したように兵部は腕を組んだ。 「そういうことか」 「て、ちょっと待て!勝手に人の思考をよむな!」 「垂れ流しにしてる君が悪い。任務についてだらだら脳内で考え事をするなんて、君本当に天才?目の前に僕がいるのに全く警戒心ないじゃないか」 「ぐ・・・それは」 確かにそうだ。 恨めしげな顔の皆本を嘲笑するように喉を鳴らして笑うと、ポケットから紙を取り出した。 「それは?」 「この学校の高等部に在籍しているエスパーのリスト。この中にあやしい動きをする子たちがいる、ていうことだね」 「おまえ、そんな個人情報どこで・・・」 「それを僕に聞くのかい?」 ぶつぶつ文句を言い続ける皆本を無視してリストに目を通す。 クラスごとにリストアップされている名前の羅列はそれほど多くない。だが確かに普通の学校にしてはエスパーの数が多い。バベルが関係しているからだろうか。 ふと、自分のクラスのメンバーを眺めて兵部は目を細めた。 「・・・あれ?」 「どうしたんだ」 「皆本くん。君はこの学校の生徒たちのリストは持っているかい?」 「・・・そういう情報は、言えない」 「持ってるんだ。そうだよね、仕事だもんね」 何も話さないぞ、と言外に告げた皆本だったが華麗に無視された。 「僕のクラスにひとり、知らない名前の生徒がいる」 「え?」 促されて、仕方なく皆本は赴任する前にバベルで渡された、全校生徒のうちエスパーである生徒の名簿を取り出してめくった。 「君は、ええと」 兵部の名前などあるわけがない。 教えられたクラスのページをめくったが、どの生徒のことを言っているのか分からなかった。 「ていうか君は潜入してまだ二日目なんだろう?知らないクラスメートがいて何がおかしいんだ」 「違う。名簿に載ってるはずの生徒について僕は何も知らされていない。出席をとるとき教師はその名前を呼ばなかった。まるで初めから存在していないかのように」 「・・・どういうことだ」 そういえば、と兵部はもう誰もいない扉の方をちらりと見た。 真島は生徒会の代役をしているのだと言った。 「・・・『いなくなったやつ』か」 「え?」 ぽつりと呟いて、再びベッドに腰掛けると億劫そうに上半身を倒してしまった。 勝手に寝るな、と言おうとして立ち上がったが、そのまま目を閉じてしまった兵部に皆本はもう何も言えなくなってしまった。 肩を掴もうとしてそっと腕を伸ばし、そのまま空を切って下ろしてしまう。 棚に無造作に置かれている体温計を見て手に取ったはいいが、結局握り締めたまま皆本はしばらく立ち尽くした。 授業終了を告げるチャイムが鳴るまで、あと三十五分。 PR |
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