犯罪超能力集団の首領であり、世界で最も凶悪なエスパーのひとりと言われている外見15,6歳実年齢80越えのじいさんが、「電車に乗りたい」などと言い出したものだから、パンドラの本拠地カタストロフィ号の一角では早朝からちょっとした騒動が起きていた。
いつものように学生服を身につけて左肩にももんがを乗せ、じゃあ行ってきますと堂々と出かけようとした兵部にまっさきに声をかけたのは右腕であり兵部が最も信頼を置く部下の真木である。
「少佐、どちらへお出かけですか」
「どこだっていいじゃん」
「よくありません。外出するなら俺も行きます」
まるで保護者のような顔でそう告げる真木に、兵部はむっとしたように唇を尖らせる。
「何でわざわざ引率者の顔した子供を連れて行かなきゃいけないんだよ」
<引率者の顔をした子供>とは言いえて妙ではあるが、真木はぐっと突っ込みたいのを堪えてこっそり体の後ろで拳を握った。
「おひとりでは危険です。あなたはもっと組織の長としての自覚を持って行動するべきです。我々パンドラはもはやバベルを超える巨大な組織に成長しました。バベルもブラックファントムも目を光らせて監視していると思われます。長であり象徴であるあなたがいつどこで危険な目に合うか分かりません」
「長い。三行で」
「トシヨリハ
ダマッテ
センベエ クッテロ」
「黙れげっ歯類それ4行になるじゃないか」
ぺいっと桃太郎をテレポートでどこぞへ追いやって、こめかみに青筋をたてる。
「少佐、ふざけないでください。大体どうして電車なんかに乗る必要があるんですか」
自分を含め、パンドラのメンバーでテレポート能力や空を飛ぶレベルの力があるものは普段公共の乗り物など利用しない。街で行動するとしても車や二輪が主で、堂々とバスや電車にのるエスパー犯罪者というのも想像するとちょっとシュールである。
「電車に乗りたいっていうか、ホームに行きたいっていうか」
「意味が分かりません」
相変わらず支離滅裂な言動の上司である。
真木は頭を抱えたいのを堪えて我慢強く問いただした。
無意識にうねる黒く長い髪を見ながら、兵部はわずかに視線をそらし、明後日の方向を見つめながら言い訳がましく、
「君はたいやきを食べたことはあるかい」
「……たいやきですか。たいやきってあのたいやきですか」
「そうだよ。毎日毎日鉄板で焼かれてやんなっちゃってるあのたいやきくんだよ」
かわいそうだよね、などとくだらない同情をしながらうなずく。
そろそろ本気で頭痛がしてきた真木だったが、ここで怒っては負けなのは長年の経験で分かっているので、どうにか冷静な表情を作りながら咳払いをした。
「そのくらいは知っていますが食べたことはありません。それが何か」
「型に生地を差し餡を軽く乗せて、生地の周囲が乾き始めたら千枚通しで型から引きはがし、反対側の型に生地を流し込んで完全に流し込む直前で反対の板と合わせるんだ。その後きつね色になるまで焼くんだよ。周りがぱりぱりなのがおいしいよね」
「よくご存じですね」
どうしてたいやきの作り方を知っているのか甚だ疑問ではあるが、真木の質問に対する答えにはなっていない。
どうやら兵部はまともに会話をする気はないらしい。
「あそこのたいやきおいしかったなあ」
「もしかして、それが駅のホームに売られているんですか?」
「そう言っただろ」
「言ってませんよ全然言ってません」
それを食べたいだけなら、他のメンバーを行かせたらいいではないか、と忠告しようと真木が一歩踏み出した瞬間、目の前の空間が歪んで、吸った息を吐ききる前に兵部は姿を消してしまった。
「少佐あああああああ!!」
もういやだ。
目に涙を浮かべてひとしきり泣きごとを頭の中で並べたてて三分後、ようやく立ち直ると慌てて彼の後を追うべく世界各地に配置している通称どこでもドア超空間バージョンへと走って行った。
「というわけで買ってきた」
「それを何でわざわざ僕の所へ持ってくるんだ」
これ以上ないくらいの迷惑な顔をしながら仁王立ちする皆本を、兵部は口をもぐもぐさせながら見上げた。
「ふぁっふぇ君もたふぇたいふぁと思っふぇ」
「食べながらしゃべるな!」
「うっ、げほげほげほ」
途端に咳きこみだした兵部に、皆本は慌ててキッチンへ走りコップにミネラルウォーターを注いで差し出す。
涙目になりながらそれを必死で飲み下し、兵部はようやく大きく息を吐いた。
「あー苦しかった。死ぬかと思った」
「おまえ、たいやき食ってて喉につまらせて死ぬなんて恥ずかしいにも程があるぞ」
「しかもこんなところで?」
パンドラの首領、たいやきを喉に詰まらせバベル職員の住居で窒息死。
シュールだ。
「でも残念なお知らせがあるんだ」
「はいはいそうですか。もういいからそれ食ったら帰れよ」
そろそろ薫たちが帰ってくる、と時計を気にする皆本など目に入らないかのように、兵部はまだいくつか入っている袋を掲げて見せた。
「たいやきが売ってなかった。これ回転焼きなんだよね」
食べる?とひとつ取り出して差し出してきた丸いそれを反射的に受け取って、皆本は反論する気力もなくかぶりついた。
「これじゃ食べた気にならないよね」
不本意そうな表情の兵部に、皆本は口の中の餡子を飲み込んで、兵部の目の前でふわふわ浮いているコップをつかむと一気に残った水を飲み干した。
「ていうか、一緒だろ」
「違う!全然違う!!」
大げさなほどに怒りを表す兵部を、なんだか奇妙な生物を見る目でしばらく眺めてから、皆本はリビングの窓を全開にして叫んだ。
「おたくのじいさんを早く引き取りに来てくださああああああい!!」
「がっかりするだろ!たいやき食べたいのに回転焼きだとなんか負けた気がするだろ!なあ皆本!?」
それよりも蒸し暑い梅雨到来の時期にそんなもん食うなよ、という皆本の小さな突っ込みは、生ぬるい風に吹かれてむなしく飛んで行った。
そろそろあの炭素男がたいやきを片手にお迎えに来る頃だろう。
ていうか来てください。まじで。
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