忍者ブログ
  • 2025.03
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 2025.05
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

【2025/04/21 19:33 】 |
夏の果
 熱を持った額にぺたりと手を当てると、彼は気持ち良さそうに目を細くして笑った。
 ぴぴっと電子音が鳴ってごそごそと細い体温計を取り出す。
 38.7度。
 平熱が低い兵部にしてみれば動けないほどの体温だったが、だるいを通り越してもはやふわふわしているらしくそれほど機嫌は悪くない。
「風邪かなあ」
「流行りのインフルエンザでなければいいのですが」
「そしたら君にもうつっちゃうかもしれないね」
「俺は構いませんよ」
 いくら高レベルのエスパーとは言え人間である。風邪をひいて寝込むこともあれば虫歯で泣きたくなることだってある。だが真木の場合、幸いなことに大病を患ったことはなく、また他人の看病をしていて感染したことはない。
 きっと無意識のうちに生体コントロールをしているのだろう、などと兵部は言うが本当にそんな能力が自分にあるのかは分からない。
 けれど、兵部の看病をしていてうつることがないのはきっとそれが単なる風邪や病の類ではないせいだろう、と思う。それは決して喜ばしいことではないが。
「こういうときはね、夢を見るんだよ」
「夢ですか」
 タオルを氷水に浸してかたく絞りながら、真木は会話に付き合うことにした。
 どうせすぐにとろとろと眠りにつくに決まっている。
 それでも、きっと暇なのだ。
 こうしてベッドに伏せてすでに四日が経過している。
 苦しむ様子はないしこうして会話もする。食事も必要最低限を下回ってはいるがお粥を飲みこむことを拒否しない。きっと兵部自身、うんざりしていることだろう。
「昔住んでいた蕾見家の広い庭でね、僕は穴を掘っている。泣きながら必死にね。手はどろどろですりむけて痛いんだけれど、やめようとしないんだ」
「それは当時の記憶ですか?」
「そう。まだ小さな子供だよ」
「どうして泣いているんです?」
「それがねえ……」
 苦笑して、じっとこちらを見つめる真木の心配そうな目を見返した。
「覚えてないんだ。たぶん墓を掘っているんだと思うけど」
「墓」
「そう。きっと拾った猫かうさぎか、死んじゃったんだね」
 動物が死んでしまったと泣く子供の兵部を想像しようとしたが、真木にはとても無理だった。目の前の人とのギャップが大きすぎて、彼の決してなにものからも目をそらさずにたたずむ姿が邪魔をする。
 子供時代の、つまり陸軍時代の兵部の写真を見たことがある。
 色褪せたそれに映っているのは真木の知らない、遠い世界の知らない人物でしかなかった。
「僕はその子供を見下ろしてるんだけど」
 反応しない真木を無視して兵部は続ける。
「なにをしているんだいって聞いても答えてくれないんだ。そのうち穴はどんどん深くなっていって、もういいんじゃないかって言うと、やっと泣きやむ」
 そして、とくすりと笑った。
「どうしたと思う?その子供、つまり昔の僕はぴょんと穴の中へ飛び降りてしまったんだ」
「どういう、ことですか」
 嫌な感じがしてつい眉間に皺を寄せると、兵部は額の乗せられたタオルを掴んで両目を覆ってしまった。
「土をかけて、て言うからさ。もうびっくりして」
「少佐」
 ああ、それは悪夢ではないのか。
 それ以上続きを聞きたくなくて、真木は彼の話をさえぎろうとした。
「小さな僕は体を丸めて、両耳をふさいで目を閉じて、埋めて、て言うんだね。ああ自分の墓を掘っていたのか、と思うととても」
「少佐、もういいです」
 とても、愛しく感じたよ、と彼は微笑みながら呟いた。

 京介、と遠くで名前を呼ぶ声がする。
 京介は大粒の涙を落としながら、手を止めなかった。
 ひらひらのスカートをふくらませながら、義理の姉が走り寄る。少し怒っているようだが京介は振り向かなかった。
「なにしているの?」
 少女が地面をのぞきこむ。
 三十センチほど掘られた小さな穴と、脇に置かれた、白い布でぐるぐる巻きにされた物体を見て彼女は一瞬黙り込んだ。
 そのまま京介のとなりに座り込んで、そっと義弟を見る。
 白く整った顔は泣いているせいか紅潮していて、きっと誰だってこの子を抱きしめたくなるだろう、と不二子は思った。
「死んじゃったの」
 小声で確かめるように言うと、少年がこくりとうなずく。
「そう。かわいそうに」
 ぽつりと呟いて、不二子は袖が汚れるのもかまわずに掘り返された土をすくった。
「姉さん」
「ん?」
 濡れた声で京介が呼んだ。
 彼はこちらを見なかったけれど、涙は少しずつ量を減らして、赤く腫れた目が痛々しくのぞく。やがて腕で顔を乱暴にぬぐって、そして言った。
「僕たちの墓は誰が作ってくれるの?」
 誰か泣いてくれるだろうか。
 やけに大人びた顔で尋ねる少年は、もう泣いていなかった。

 夏が終わる。
 少年はきっともう、誰かが死んだと泣くことは二度とないだろう。


<夏の果。晩夏。夏の終わり。>
PR
【2011/10/25 21:24 】 | SS | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
<<ひそやかなかがり火 | ホーム | 【アンリミテッド】>>
有り難いご意見
貴重なご意見の投稿














虎カムバック
トラックバックURL

<<前ページ | ホーム | 次ページ>>