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「少佐、こちらですか」
リビングのドアを開けて真木が入ってくるのを、兵部はうるさそうに手をふって答えた。目は大画面の液晶テレビをじっと凝視していて、邪魔をするなと無言の圧力を視線を合わせることなくかけてくる。 仕方なく真木は腕に抱えたノートパソコンをテーブルに置き、手に持っていたファイルも置いて部屋の隅の椅子に腰かけた。 見れば兵部のほかに紅葉と澪、カズラも食い入るようにテレビ画面に夢中になっていて、真木が入ってきたことすら気づいていないようだ。 日曜日の真昼間に何を見ているのだろうとつられてテレビを見れば途端に始まるあやしい男女の濡れ場が始まり慌てて立ち上がる。 「ちょ、何見てるんですか!こんなの子供の見るものじゃありませんよ!」 「うるさい!」 「黙っててよ!!」 ぴしゃりと兵部と紅葉に怒鳴られ、真木はわなわなと震えながら唇をかんだ。子供の情操教育に悪い、とまっとうな意見を言ったつもりだったのになぜ怒られなければならないのだろうか。 『奥さま……!』 『ああ、だめよ、書斎には夫が』 『大丈夫です。旦那様はスケジュールではあと一時間は電話会議から逃げられませんから』 『さすが有能な秘書だこと。……ふふっ。あら、あっちの方も有能なのね』 「なーにが有能なんだァァァァァァァ!!」 「うるさい!」 思わず頭を抱えて怒鳴ってしまった真木を、今度こそ兵部がぶち切れてひょいと指をふった。と同時に真木の視界がぶれて、一瞬のうちに外の廊下へテレポートで放り出されたことに気づく。 「す、すみません」 おずおずと謝罪しながらうつむいて再びリビングのドアを開く。 まだ濡れ場が続いていたらどうしようと顔を赤らめながらそっとテレビをチラ見すると、どうやら艶っぽいシーンは終わったらしい。ほっとしながら物音をたてないようにさきほどの椅子に腰をおろす。また邪魔をすれば今度は海の中へ放り込まれるに違いない。 ドラマの中では、今度は視点が変わり冴えない男がくたびれた様子でネクタイを緩めて溜息をつくところだった。ストーリーは全く分からないが何となく真木はこの男に同情したくなる。 『ふう……』 『あら、おかえりなさいあなた』 『ああただいま。そうだ、明日社長のご自宅へ夕食に招かれたんだ。君も一緒に』 『あら嬉しいわ……』 にやり。 妻らしい、恐ろしく美人だがそれを上回る意地の悪い笑みを浮かべた女優がぺろりと赤い唇を舐める。さきほど若い男といちゃついていた女だ。 (……もしかしてこれ、毎日やっている昼ドラの再放送なのか?) 放り出してあった新聞を手にとって番組欄を見てみると、思った通り平日の昼にやっている主婦向けのドラマを一週間分、二時間半ぶっ続けてリピート放送しているらしい。なるほど昼間働く女性層のためのありがたい配慮なのだろう。 とは言え、実は真木は兵部も紅葉も、毎日これを欠かさず見ていることを知っている。どんなに重要な仕事が入っても必ず決まった時間にはここへ戻ってしまうからだ。おかげでふたりが動く必要のある仕事は平日の午後一時から一時半までの間に入れられないことになっている。たとえ無理に言い聞かせたところでふたりが従うはずがない。無駄である。だから、無駄な努力は早々に放棄しちゃった真木なのであった。 そうこうしているうちにドラマはそろそろ終わりらしい。まるで通夜を実況しているかのような重々しい女性のナレーションがやたらバイオリンが耳につくBGMに乗って流れてくる。サスペンスドラマかと勘違いするほど、『果たして!』だの、『そのとき!』だのやたら煽るものだから、真木はそろそろ真犯人の登場なのだろうかと考えたほどである。 「あーおもしろかった」 「えーもう終わり?」 ううん、と背筋を伸ばしながら澪とカズラが言う。 「あれ絶対あの旦那さん気づいてるよね」 「分かんないわよぉ」 澪がぴっと指をたてるのに、紅葉はサングラスをかけなおしながらチチチと舌をうった。 「男は鈍感ですもの。頭のいい女が何人と浮気してたって分かるものですか」 「えええー。でもでも、社長は部下の妻だって分かってて手を出してるんでしょ。フェアじゃない!」 「元愛人の体が忘れられなかったのね」 「こらぁぁぁぁぁ!!」 しれっとすごいことを言ってのけたカズラに、今度こそ真木はレッドカードを出した。 「少佐も紅葉も何ですか、こんなの中学生に見せるものじゃないですよ!」 「子供扱いしないでよ真木さん」 ぷう、と澪とカズラが頬を膨らませて抗議する。 眉間に深いしわを刻む真木を振り返って、兵部はにやにやしながら、言った。 「真木は純情だなあ」 「ベッドシーンで顔真っ赤にしちゃってかーわいい」 ばっちり気取られていたらしい。 ぶるぶる体を震わせながら顔を赤らめた真木を見ながら、兵部と紅葉はくくく、といやらしい笑みを浮かべて、今日一日のからかいのネタができたことを喜んだ。。 PR |
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