「さむい!」
朝一番に発した兵部のせりふはこれだった。
真木は一瞬言葉をつまらせ、すみません、と無意識に謝ろうとして、いやそれはおかしいと飲み込む。
部屋の空調は一定に保たれているし、ぬくぬくの布団の中でそんなことを言われても仕方ない。
それでも、一向にベッドからおりようとしない兵部に真木は不安を覚えながら歩み寄る。
「お体の具合でも悪いんですか?」
「悪くない。でも今日は一日好きに過ごさせてもらうよ」
いつもじゃないか。
という突っ込みをしたら負けだと思っている真木は、もっともらしくうなずく。
「それは結構ですが……。しかし、夕方から子供たちがパーティをするんだって張りきってますからね。忘れてないでくださいね」
「分かってるよ」
もちろん、と笑みを浮かべて、兵部は起こしていた上半身を再び横たえた。
「二度寝する」
「えっ。今日は午前中お出かけになるはずでは?」
「キャンセル」
「……午後からロビエトで大統領と仕事の話をするんでしょう?」
「葉にやらせろよ。あ、おまえはだめ」
「俺はダメ?」
「そう」
布団の中でもごもごとこもる声を聞き取りながら真木は首を傾げる。
「俺は、とくに決まった予定はないので、少佐の代わりに行くことは可能ですが」
「だめったらだめ。さっき僕が言ったこと忘れたのか?今日一日好きに過ごすからおまえはそれに付き合うんだよ」
「そんなこと言いましたっけ」
兵部が好き勝手に過ごすのはいつものことなのでかまわないが、それになぜ自分が付き合わされるのか。
見れば兵部はむっとしたような顔をのぞかせてこちらを睨んでいる。
どうしたのだろう、具合が悪いというわけではなさそうだが、と思っていると、やがて兵部はかけていた羽毛布団をがばっとめくった。
中からパジャマに包まれた細い体が現れる。
「おいで真木」
「はっ?」
「だから、二度寝するから一緒に寝ようって言ってんの」
「朝ですよ?むしろこれからおはようの時間ですよ?」
「だから何だよ」
僕の言うことが聞けないのか、と子供じみたわがままを本気で威嚇しながら聞いてくるのだからたちが悪い。
理不尽すぎる命令に、真木は動けなくなった。
「いえ、しかし……。雑用はたくさんありますし、誰かに呼ばれないとも限りませんし」
「じゃあ用があるやつはここまで来いって言えばいいだろ」
「言えませんよ!」
真木に用事があるメンバーはもれなく、朝っぱらから兵部と同衾しているあやしい姿を目撃することになるのか。
眩暈をおぼえながら真木は二、三回咳払いをして、めくれた布団をかけなおした。
「では、少佐は少し風邪気味だということで俺がつきそっているということでどうですか」
「だめ。何度も言わせるな。夕方のパーティの時間まで僕とおまえは一緒に二度寝するんだよ」
「そんなに寝れませんよ!」
無茶だ。三年寝太郎じゃあるまいし。きっちり四時間睡眠でじゅうぶんの真木が、十時間でも十二時間でも寝ていられる兵部に付き合えるはずがない。
「隣りで寝転がってるだけでいいから」
「暇じゃないですか」
「じゃあ隣りでノーパソ開いてていいよ」
「なんでそこまでしてベッドの中に入ってないといけないんですか」
それならベッドサイドのテーブルでいいではないか。
いい加減、兵部の意味不明なわがままに真木はイラッとしてきた。
特別な仕事の予定がないとは言っても真木は多忙なのだ。今だって、兵部を起こしに来たのは全員が朝食を待っているからであって、いらないならいらないという返事を、食べるなら身支度をしてさっさと起きてきてもらわないと困る。
そんな真木の苛立ちをさらに越えて兵部は不機嫌に言い放つ。
「あのな、今日は僕の誕生日なんだろ」
「ええ、ですからパーティを。ちゃんとプレゼントも用意してありますからね。何をもらってもわあうれしいよありがとうって言わないとだめですよ」
もちろん、兵部は子供たちに対して優しい笑みを崩すことはないのだが。
「分かってるよ。そうじゃなくて、おまえは僕のわがままを一日聞く義務があるってことだ。みんなにもそれを伝えれば怒ったりしないって」
「わがままなら毎日聞いてますが」
「じゃあ毎日僕の誕生日だね」
「ああもう」
がっくり肩を落として、真木はのろのろとネクタイを緩めると上着を脱いで椅子の背にかけた。
ポケットから携帯を取り出し紅葉につなげると、先に飯食ってろ、とだけ伝える。
「一緒に二度寝する気になった?」
「はいはい。分かりましたよもう、なんでも言うこと聞きますよ。聞けばいいんでしょう?」
「そうそう、最初からそう言ってればいいんだよ。じゃあおやすみ」
今度こそ寝る体勢に入った兵部をしっかり抱きしめて、真木はもう一度心の中で、ああもう、と呟いて、目を閉じるのだった。
× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
PR |
![]() |
![]() |
|
![]() |
トラックバックURL
|
![]() |