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「あ」
小さく声を上げて立ち止まった真島に、一歩先を行っていた兵部は足を止めて振り返った。 「どうしたんだい?」 真島の目線を追ってもう一度前方を見ると、背中まで伸ばした長い髪を揺らしながら、女子生徒がこちらへ向かってまっすぐに歩いてくるのが見えた。 背が高くフレームの細い眼鏡をかけている。いかにも優等生、といった雰囲気である。 だが単に頭が良さそう、とも言えない、大人の色気のようなものを感じて兵部は僅かに目を細めた。 制服の袖からのぞく細い手首には繊細な銀色のブレスレット。すらりとした容姿はモデルか何かのようだった。 そう、まるで数年前の紅葉に少し似ている。 おそらくすれ違い男の八割は振り返るだろう、そんなオーラが漂っていた。 (ふうん) 小娘にしては相当な威圧感だ、と感心する。 「藤井先輩」 「だれ?」 「生徒会の副会長。三年の」 「ああ」 そういえば、先日担任がそんな名前を口にしていたように思う。 藤井、というらしい彼女はふたりの前で足を止めて、ほぼ同じ高さにある兵部の顔をちらりと一瞥して、真島へと話しかけた。 「真島くん。悪いんだけど明日の昼休みに予定していたミーティング、中止になっちゃったの。それで次の委員会まで時間がないから、まとめた書類直接私か会長に渡してくれる?教室、分かる?」 「了解っす」 軽い返事にうなずいて、藤井はまた兵部を見た。遠慮のない不躾な視線に思わず苦笑する。 「友達?珍しいわねあなたが誰かと一緒にいるなんて」 「まあ・・・」 紹介してくれる気はないらしい。 仕方なく兵部は自分で名乗ることにした。 「転入生の兵部京介です」 「ああ、あなたが。生徒会副会長の藤井さとこです。あなた変わってるわね」 「ええまあ。よく言われます」 どこが、とは言わなかったが、やはりずけずけと物を言う性格のようだ。 むしろ好ましいとさえ感じる。 思うところを口に出さず表情や目で訴えられるよりは幾分まともと言えるだろう。 何も言わなくても通じる、そんな時代はもうとっくに過ぎたものだと兵部は思っている。 心をよめるのは精神感応系のエスパーの特権であり、そうでない者が何を心の中で訴えようと誰にも伝わらない。 そして何を考えているか分からないと言うと、決まって彼らは言うのだ。 『どうして分かってくれないんだ』と。 「それと真島くん。さっきあなたのクラスの担任が探してたわよ。今日日直の仕事さぼったんでしょう?」 全く悪びれる様子もなくふいに藤井が言った。 真島は舌打ちして肩をすくめる。 「そうだった。悪い兵部、先帰っててくれ」 「ああ、うん。じゃあね」 軽く手を振ると真島は走って校舎へと戻っていってしまった。 何となく、兵部と藤井はそれを見送って、無言のまま見つめう。 おそらく目立っているだろう、そばを通り過ぎる生徒たちがちらちらとこちらを気にしてはすぐに視線をそらして行ってしまう。 「あなた、兵部くんって言ったわよね」 「なにか?」 「真島くんがこんなふうに、また親しい友達をつくるなんて珍しいと思ったから」 さっきもそんな風なことを言っていた。 「彼がなにか?」 「うん・・・ちょっと前に親友だったあの子が学校やめっちゃったから。それ以来いつもひとりでいたから気になって」 「何でやめたんですか?」 真島がほとんど誰とも親しくしようとしないことは知っている。 だからこそ何故自分を気にかけるのか不思議だったが、藤井は何か事情を知っているようだった。 本人がいないところで彼のことを探るのは気が引けたが、このままずっと友人関係を続けるわけではない。 それよりも気になることがあった。 藤井のブレスレット。 「ねえ、時間があるならちょっと話をしない?」 「かまいませんよ」 藤井の誘いに乗ることにしよう。 彼女は手首のブレスレットをもてあそぶようにもう一方の手で触れた。 『私たちを追ってきたの?』 兵部の頭の中に直接、殺意に近いものをこめたメッセージが飛び込んできた。 (テレパス) ブレスレットに注目していた目を上げて彼女の表情をうかがうと、藤井は赤い唇を少し上げてにこりと微笑んだ。 高等部の保健医として、皆本光一が潜入しているようだ。 そう報告を受けた真木はバベルの真意を探るためにもう少し詳しく調査することにした。 そもそも兵部が生徒として学校へ行く、と言い出したのは正体不明のエスパーが何かやらかしそうだ、という実に曖昧な予知のせいである。だがその予知をしたエスパーは現在連絡のとれるパンドラのメンバーの中でもレベルが低く、いつ、どんなことが起こるか全く分からない。 「全く、おもしろがって首を突っ込みたがるから・・・」 誰が何をやらかすのか基本的なことがすっぽ抜けている。 もしかして皆本も兵部と同じように半分おもしろがって潜入してるのではないか、とも考えたが、あの真面目なだけが取り柄であるかのようなノーマルのメガネがそんなことをするだろうか。 いっそ直接皆本に聞いてみようか、とも思う。 兵部のことを気にかける一方で、真木はつい先日手に入れたふたつの資料を眺めていた。 ひとつはずいぶん前に耳にした小さな事件で、その中に登場するエスパーたちに興味があったのだ。 七ヶ月前、A・Bふたつのテロリストグループが戦争状態になった。 そのとき、とあるエスパーのグループがBの情報を収集、それをAに売ったおかげでAが勝利する。 ところがその後自分たちの情報も入手しているだろうとA側がエスパーたちを恐れ口止めのため彼らを襲う。 エスパーたちは戦闘には不慣れなためバベルへ助けを求め、結局テロリストたちはABどちらも逮捕された。 現在裁判中である。 これだけ聞くとたいした力のないエスパー集団のようだが、今真木が欲しいのは戦闘力ではなく情報収集力だった。いまや発足当時兵部を入れても四人だけだったパンドラは大所帯となり、世界各国にメンバーを派遣しては情報収集にあたっている。 だがそれでも手は足りない。 パンドラとしての組織力をさらに巨大なものにするには、世界中のありとあらゆる【情報】を誰よりも早く入手することだ、と真木は考えている。そしてそれを分析し、活用していく。 簡単に言えば「相手の弱みを握って常に有利な立場を保つ」。 (姑息な手だが) もちろん、どんな汚い手を使おうがパンドラと兵部の存在は絶対である。 そしていつでも力ずくの押しの一手が使えるとは思っていない。 そういう、影の地味な、そして汚い仕事を請け負うのは自分だと真木は信じていた。 そして、もうひとつの資料を読みながら深いため息をつく。 「・・・これか」 これはさらに小さな、それでいてこの時代増えているエスパーたちが元となっている事件だった。 まだ十代の若者たちが精神感応の力を使って犯罪者などと非合法な情報交換を行い小遣いを稼いでいる、といったものだ。 エスパーでなくてもこの手の「情報屋」は存在する。そしてそのほとんどは十代・二十代を中心とした若者たちだった。彼らは自分の能力を認めてもらうために危険を顧みず、浅はかな行動に陥る。 大人はそれに気づかない。なぜならその大半は自分の部屋にこもって情報が取引できるからだ。 だが、真木はそれらの若者を糾弾できる立場ではない。 犯罪者が犯罪者を説教したところで笑いものになるだけである。 兵部のことも気になるが、自分の仕事は仕事としてこなさなければならないだろう。 真木は緩めたネクタイをもう一度締めなおしながら壁にかかった時計を見た。 時間は夕方の四時を少しまわったところだ。 仕事に出てくると書置きをして、目立つリビングのテーブルに置いた。 夕食の下ごしらえはばっちりだ。 いつだってどんなに仕事に忙殺されている最中であっても、真木の最優先はたったひとりの存在にあった。 PR |
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