× [PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。 |
![]() |
ついてきて、とそっけなく言って先に歩き出した藤井の後姿をとらえて、兵部は微かな違和感を覚えた。
さっきの、彼女の会話の中で一瞬だけ靄がかかったように不思議な言葉を聞いた気がする。 だがその正体をつきとめようと思考の海を辿る寸前で、ふいに藤井が足を止めて振り向いた。 「ここ」 建物と建物の隙間に窮屈そうに挟まれているビルの、地下へと続く階段を藤井は目線だけで指し示した。 降りていく彼女について狭い階段を降りきると、小さな扉が現れた。 上には看板が掲げられていたが文字は埃だらけで汚れていて読めない。 女子高生が入るにはいささかあやしい場所へ藤井は何のためらいもなく入っていった。 当然兵部もそれについていく。扉は鍵も呪文も必要なくあっさりと開いた。 中から零れてきたのは意外にもクラシックで、古いレコードの音がする。 「いらっしゃいませ」 ごくごく普通のカフェのような内装がいっそうあやしさを際立たせていたが、ふたりを迎えた定員らしき中年の男は愛想笑いを浮かべて奥のテーブルへと案内した。 壁一面に描かれた不恰好な絵や、煌々と店内を照らす明かりに眩暈がしそうだ。 いっそのことタバコの煙がもうもうと立ちこめ、目つきのあやしい男たちが一斉に睨みを利かせてきたりすればまだ良かったのに。 藤井にさとられないように嘆息して案内された席についた。 「ここ、よく来るの?」 「そうね、あんまり遅くまで残っていたら顧問が気にして見に来るから、大体ここでミーティングするわね」 「ミーティング?」 「あ、でも真島くんはまだ誘ったことはないわ。彼は新入りだし、何も知らないの」 「なにが?」 「とばっちりもいいところよね。断ればいいのに、きっと引き受けることで友情が継続するものだと思っている。真島くんを利用しようとしたのは本当だけど、正直私は気が重いわ」 「あのさ」 勝手にぺらぺらとしゃべりだした藤井を制して、兵部は口を挟んだ。 「とりあえず、紅茶注文してもいいかな」 「どうぞ」 どこまでもマイペースな彼女は、どこか、昔姉と慕っていた女性を彷彿とさせて、兵部はちょっとだけ憂鬱になった。 せめて人の話を聞こうよ、と突っ込みたくなる。 手を挙げて店員を呼ぶと、ふたりは紅茶とケーキのティーセットを頼んだ。 途中で話の邪魔をさせたくないのか、藤井はそれらがくるまで話題を変えることにしたようだ。 「そういえばこの間あなたの迎えに来ていたあのおじさん、誰?」 「おじさん・・・」 きっと真木のことだろう。 笑いたくてむずむずしたが、何とか堪えて水の入ったコップを手に取った。 「ええと、保護者みたいな。僕たちの身の回りの世話をしてくれている」 「ふうん。すごくあやしい感じ。ボディガードか何か?」 「まあ、それは当たってる」 勝手に誤解させておいた方が面倒がなくていいだろう、と説明を適当に切り上げたところでタイミングよくケーキと紅茶が運ばれてきた。 火傷しそうなほどに熱いカップをそっと手のひらで包むようにして口をつける。 ふわりと鼻をくすぐるアールグレイの匂いがして、値段の割りになかなかいい葉を使っているようだと兵部は感心した。 ふだん、めったにこういった店に足を踏み入れることはない。 学生生活というのもなかなか楽しいものだ。 「それで、説明してくれないかな先輩」 ティーカップを置いてちらりと上目遣いで藤井を見やれば、彼女はにこりと微笑んだ。 こういう、少女の大人びた表情には覚えがある。 十年ほど前の紅葉そっくりだ、と気づいたのは、長い髪や整った顔立ちだけではないだろう。 どうしてこうも、自分の周りの女性陣は似た雰囲気の人間が集まるのだろうか。 たまにはおしとやかで物静かなやまとなでしこがいてもいいではないか。 「ミーティングというのは生徒会のこと?」 「そうよ。もちろん普通は生徒会室を使うけれど、あそこは十九時をまわると鍵を返さなきゃいけないの。だから時間のかかる会議をするときはいつもここね」 「とばっちりっていうのは、彼が代役を引き受けたことだね」 「あの子は・・・真島くんの親友だったあいつは何も言わずに姿を消した。怒ってもいいのに、真島くんは空いた穴を埋めるように、代わりに会計を引き受けた。顧問は軽い気持ちで一番あの子の身近にいた真島くんに頼んだんでしょうけれど、彼は悲壮な思いで決心したに違いないわ」 「そう思う根拠は?」 「女の勘」 ああ、まただ。 こういうところが幼馴染みの姉とかぶる。 舌打ちしたくなったが堪えて、兵部は苦笑した。 「それで、テレパスの君が僕に何の用?」 彼女のつけているブレスレットを見つめながら肝心なことを尋ねる。 一瞬だけ、わざとらしく左手首の腕時計を見るふりをした。 忙しいんだけど、というのと、これはリミッターである、という二重の意味をもたせていることに彼女は敏感に察知したようで、す、と表情を硬くしてケーキをつついていたフォークを置いた。 「珍しい転校生がくることは直前になって私たちも知らされた。ありえないわ。常識で考えればもっと早くに連絡があるはずだもの。少し疑いながら初日のあなたを観察してみればどうやらエスパーらしい。ちょうど数日前から代理の保健医もきた。調べてみれば彼がバベルの関係者だということが分かった」 「へえ、なかなかやるね」 からかうように茶々を入れたが藤井は僅かに片方の眉を上げただけで、特に反応しなかった。 「単刀直入に聞きます。あなたたちは私たちを監視するためにきたのでしょう?」 やや身を乗り出すようにしてそう尋ね、彼女の長い髪が一房テーブルに触れた。 真木は校舎の裏口にある門のそばに車をつけると、携帯のボタンをおした。 見なくても分かる短縮メモリを慣れた手つきで操作して耳に当てる。 十コールほどして、留守電に切り替わった。 用があるならメッセージを残せ、と尊大な首領の声がする。 はじめのうちはそのまま音声案内を使っていたが、おもしろがった葉とふたりしてマニュアルを引っくり返しながら自分の声を録音したものだ。 兵部に携帯へ連絡を入れて本人に繋がる確率は非常に低いため、真木は特に落ち込むことなくそのまま切った。 留守電を入れることはしない。しても無駄なのはとうに経験済みである。 さて、と独特の強い念波を探るも、リミッターをつけているせいなのか兵部の気を感じ取ることはできなかった。 こういうとき、自分が精神感応力者だったら、といつも思う。 真木は数秒だけ迷って、校舎の方へと歩いていくことにした。 この近くに兵部はいない。 だが、一度話をする必要のある相手がまだここにいる。 時計を見るとすでに夕方の五時をまわっていて、表のグラウンドからは部活動をしている生徒たちの掛け声が響いた。裏門から校舎へ続く道に人の気配はなく、ほっとする。 悪目立ちするであろう自分の容姿は熟知していて、だがどうしようもない。 事前に頭に叩き込んでおいた学校内の地図を思い描きながら、さらに人の気配のない廊下へと足を踏み入れた。土足のままでいいのか迷ったが、玄関口には誰もおらずスリッパが用意されているわけでもなかったのでこのままでいいのかと判断して目的地を目指す。 しばらくがらんとした廊下を歩いて、やがて突き当たりの左側に白いドアがあるのを確認した。 保健室、と書かれたプレートをちらりと見上げ、手をかける。 辺りが静まり返っているせいか、ドアを開ける音がやけに大きく響いた。 中を確認すると同時に、こちらに背を向けていた白衣の男が振り返る。 「どうかし・・・え?」 眼鏡の奥の瞳が動揺するように戦慄いて、のけぞった体が椅子の背を押したのかがたんと大きな音がした。 「おまえ・・・兵部の、部下の」 「真木だ」 憮然とした表情でそれだけ言って中へ入り、きちんとドアを閉める。 皆本は唖然とした表情のまま立ち上がった。 やや腰が引けている。 「おまえに聞きたいことがある」 重々しく告げて、とりあえず敵意はないことを知らせるために軽く両手を挙げてみせると、皆本は顔を強張らせたままゆっくりとうなずいた。 PR |
![]() |
![]() |
|
![]() |
トラックバックURL
|
![]() |