澪やカズラなどのまだ子供扱いされても仕方ない年頃の少女たちにとって、プライベートで最も頼れる相手は何と言っても紅葉である。
もちろん生活面においては真木の手腕が発揮されるところではあるが、やはり女の子は女の子同士、異性には相談できないことも多々あるというものだ。
たとえば生理がきたことや、気になる男の子ができたことなど、少女たちの悩みは尽きない。
おそらく兵部であれば、彼は外見は少年のままでも中身はいいお年寄り、恥ずかしげもなく優しく教えてくれるだろうが、はたして恋愛相談の相手として適当かどうかは甚だ疑問である。
そんなわけで、今日もカズラは顔を赤くしながらぽつぽつと紅葉に相談事をしているのだった。
カタストロフィ号のロビーの片隅にある椅子に座って、彼女たちはひそひそと話していた。
カズラの前にはコーラの瓶が置かれており、とっくの昔に炭酸が抜けてただの生ぬるいどろっとした甘いものに変化してしまっていた。
一方紅葉はグレープフルーツジュースをストローで飲みながら辛抱強くカズラの話を聞いてやっている。
動揺しているのか話すことの整理がついていないのか、カズラの話は要領が得ず支離滅裂でなんだか訳が分からない。
ただひとつ分かるのは、彼女が大人の階段を見上げて足踏みをしている、ということだ。
「それで、そのまま引っぱたいて逃げてきちゃったってわけね」
「う、うん……」
カズラがしどろもどろに告げるところによると、どうやらカガリが葉にいわゆる「エロ本」を借りているのを目撃してしまった、らしい。
表紙に半裸の女性のグラビアが載っているところからして、ただの写真集や雑誌とは違うと悟ったのだろう、カガリはかっとした衝動そのままに、自身の能力を使って触手でぐるぐるとカガリを襲うと、身動きのとれなくなった彼にきつい一発を食らわせて、そのまま走って逃げてしまったのである。
気持ちは分かる。
分かるが、カガリは年齢よりもかなり純粋すぎやしないだろうか、と紅葉はこめかみをぽりぽりと指でかいた。
中学生ともなれば、女子は色気づいて男子は女性の体に興味を示す頃である。
それは仕方のないことだ。
「なんだか、すごくいやらしいって思って、むかついたの。だってだって、ちょっと数年前までは一緒にお風呂入ったりしてたのに……」
いわば、幼馴染みを急に異性として意識しだした、ということなのだろう。
なんだか甘酸っぱくて恥ずかしくて、うらやましいな、と紅葉は思った。
「自然の摂理よ。仕方ないわ。それにカガリにとって葉は兄貴みたいなものだしねえ」
「お兄ちゃんがいるとエッチになるの?」
「男はみんなスケベよ」
苦笑して、ひらひらと手を振って見せた。
カズラは目を丸くして驚いた顔をする。
「じゃあ少佐も?真木さんも?」
「う、うーん・・・・・・。た、たぶん」
まっすぐな目で尋ねるカズラをなぜか正面から見かえすことができず、紅葉は目をそらした。
「男はみんな狼なんだから。あんたも気をつけなさいよ」
中学生に言うせりふじゃないかな、とも思ったが、自覚は必要だと自分を納得させて、カズラの肩を叩いた。
向こうから黒巻とパティと澪が連れ立ってこちらへやってくるのが見える。
女の子会議はまだまだ終わらないようだ。
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お茶でも飲もうとキッチンをのぞいた皆本は、異様な光景に足を止めた。 このクソ暑い季節にご丁寧にもダークスーツをきっちり着こみ(ただし夏服仕様)、長い黒髪は無造作に束ねている大柄な男が背中を丸めてなにやら必死に手を動かしている。 こちらに背を向けているため何をしているのか分からないが、その広い背中からは「邪魔すると殺す」とでも言うかのようなオーラが放出されており、声をかけようにもかけられない。 リビングからはチルドレンたちのはしゃぐ声に混じって、兵部と桃太郎の口喧嘩が聞こえてくる。 だがここは静かだ。そして空気は重い。 いつまでも突っ立っているわけにはいかないので、皆本はこっそり彼の横に立った。 腕まくりをしている真木の前には皿に乗った一切れのスイカ、そして彼の手にはスプーンが握られている。 ひどく真剣な表情で、すぐとなりに皆本がいるのにも気づかない様子だ。 彼の手元を注目していると、真木は掴んだスプーンでひたすらスイカをほじくっている。 すでにスイカは穴だらけで悲惨な形になっており、どう見てもおいしくなさそうだ。 「なあ・・・何をやってるんだ?」 いい加減たまらなく不思議に思った皆本が小さな声で尋ねる。 すると真木はびくりと肩を揺らすと、のろのろと目を上げて皆本を見た。 (うわあ・・・) ふだんから愛想のない仏頂面はさらに険しく、子供が見ると泣き出しそうな形相である。 殺気がないだけましだろうか。 真木はドン引きしている皆本を一瞥すると、すぐに作業を再開しながら、低い声で言った。 「見れば分かるだろう。種をとっている」 「・・・なんで」 「少佐のためだ」 「・・・・・・だからなんで」 「少佐が面倒がるからだ!」 くわっ、と目を見開いて皆本を凝視した後、真木は何か問題でも?と言った顔をした。 兵部京介がどこまでもわがままなのは、この男がどこまでも甘やかしているからではないだろうか。 そんな考えがよぎったが、皆本は首を振って、まあどうでもいいか、と冷蔵庫を開けた。 中にはありとあらゆる世界中の高級菓子が詰め込まれており、またタッパーがぎっしりと詰まっている。 そのひとつひとつにラベルがはられており、『冷奴(少佐の夜ご飯)』『ショートケーキ(少佐のおやつ)』『寿司の残り(真木の夜ご飯)』『たくあん(真木のおかず)』などとマジックで書かれている。 皆本は麦茶を取り出すのも忘れて無言で扉を閉めると、眼鏡の端からそっと涙をぬぐった。 がんばれ真木。超がんばれ。 たまには残り物以外のご飯を口にしろよ、と、黙々とスイカをほじっている広い背中に向けてエールを送った。 |
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「さむい!」
朝一番に発した兵部のせりふはこれだった。 真木は一瞬言葉をつまらせ、すみません、と無意識に謝ろうとして、いやそれはおかしいと飲み込む。 部屋の空調は一定に保たれているし、ぬくぬくの布団の中でそんなことを言われても仕方ない。 それでも、一向にベッドからおりようとしない兵部に真木は不安を覚えながら歩み寄る。 「お体の具合でも悪いんですか?」 「悪くない。でも今日は一日好きに過ごさせてもらうよ」 いつもじゃないか。 という突っ込みをしたら負けだと思っている真木は、もっともらしくうなずく。 「それは結構ですが……。しかし、夕方から子供たちがパーティをするんだって張りきってますからね。忘れてないでくださいね」 「分かってるよ」 もちろん、と笑みを浮かべて、兵部は起こしていた上半身を再び横たえた。 「二度寝する」 「えっ。今日は午前中お出かけになるはずでは?」 「キャンセル」 「……午後からロビエトで大統領と仕事の話をするんでしょう?」 「葉にやらせろよ。あ、おまえはだめ」 「俺はダメ?」 「そう」 布団の中でもごもごとこもる声を聞き取りながら真木は首を傾げる。 「俺は、とくに決まった予定はないので、少佐の代わりに行くことは可能ですが」 「だめったらだめ。さっき僕が言ったこと忘れたのか?今日一日好きに過ごすからおまえはそれに付き合うんだよ」 「そんなこと言いましたっけ」 兵部が好き勝手に過ごすのはいつものことなのでかまわないが、それになぜ自分が付き合わされるのか。 見れば兵部はむっとしたような顔をのぞかせてこちらを睨んでいる。 どうしたのだろう、具合が悪いというわけではなさそうだが、と思っていると、やがて兵部はかけていた羽毛布団をがばっとめくった。 中からパジャマに包まれた細い体が現れる。 「おいで真木」 「はっ?」 「だから、二度寝するから一緒に寝ようって言ってんの」 「朝ですよ?むしろこれからおはようの時間ですよ?」 「だから何だよ」 僕の言うことが聞けないのか、と子供じみたわがままを本気で威嚇しながら聞いてくるのだからたちが悪い。 理不尽すぎる命令に、真木は動けなくなった。 「いえ、しかし……。雑用はたくさんありますし、誰かに呼ばれないとも限りませんし」 「じゃあ用があるやつはここまで来いって言えばいいだろ」 「言えませんよ!」 真木に用事があるメンバーはもれなく、朝っぱらから兵部と同衾しているあやしい姿を目撃することになるのか。 眩暈をおぼえながら真木は二、三回咳払いをして、めくれた布団をかけなおした。 「では、少佐は少し風邪気味だということで俺がつきそっているということでどうですか」 「だめ。何度も言わせるな。夕方のパーティの時間まで僕とおまえは一緒に二度寝するんだよ」 「そんなに寝れませんよ!」 無茶だ。三年寝太郎じゃあるまいし。きっちり四時間睡眠でじゅうぶんの真木が、十時間でも十二時間でも寝ていられる兵部に付き合えるはずがない。 「隣りで寝転がってるだけでいいから」 「暇じゃないですか」 「じゃあ隣りでノーパソ開いてていいよ」 「なんでそこまでしてベッドの中に入ってないといけないんですか」 それならベッドサイドのテーブルでいいではないか。 いい加減、兵部の意味不明なわがままに真木はイラッとしてきた。 特別な仕事の予定がないとは言っても真木は多忙なのだ。今だって、兵部を起こしに来たのは全員が朝食を待っているからであって、いらないならいらないという返事を、食べるなら身支度をしてさっさと起きてきてもらわないと困る。 そんな真木の苛立ちをさらに越えて兵部は不機嫌に言い放つ。 「あのな、今日は僕の誕生日なんだろ」 「ええ、ですからパーティを。ちゃんとプレゼントも用意してありますからね。何をもらってもわあうれしいよありがとうって言わないとだめですよ」 もちろん、兵部は子供たちに対して優しい笑みを崩すことはないのだが。 「分かってるよ。そうじゃなくて、おまえは僕のわがままを一日聞く義務があるってことだ。みんなにもそれを伝えれば怒ったりしないって」 「わがままなら毎日聞いてますが」 「じゃあ毎日僕の誕生日だね」 「ああもう」 がっくり肩を落として、真木はのろのろとネクタイを緩めると上着を脱いで椅子の背にかけた。 ポケットから携帯を取り出し紅葉につなげると、先に飯食ってろ、とだけ伝える。 「一緒に二度寝する気になった?」 「はいはい。分かりましたよもう、なんでも言うこと聞きますよ。聞けばいいんでしょう?」 「そうそう、最初からそう言ってればいいんだよ。じゃあおやすみ」 今度こそ寝る体勢に入った兵部をしっかり抱きしめて、真木はもう一度心の中で、ああもう、と呟いて、目を閉じるのだった。 |
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それはホワイトデーのプレゼントを買いにきたデパートでの出来事。
下着売り場でぼんやり佇んでいる皆本と、さてどうしようかと悩んでいる賢木の二人組をしばらく眺めていた兵部だったが、やがて飽きたようにあくびをして後ろにいる葉を振り返った。 手に抱えている袋にはなにやらスナック菓子が詰め込まれているようで、良く見るとさきほど一階のロビーで配っていた新商品の試作品のようだった。ホワイトチョコで包んだ小さなビスケットで、ホワイトデーのプレゼントにどうぞ、だそうだ。それもいいな、と考えながらもう少し見て回ろうとしていたところで奇妙な二人連れに出会ったのである。 「葉、他に見るところはあるかい?」 「んー?どうですかね、ちびたち用のお菓子はこれだけあればじゅうぶんだし、澪たちにはちょっと高価な焼き菓子の詰め合わせと細々したアクセ、えーっとあとは紅葉ねーさんか」 「紅葉なあ……。あの年頃の娘は何をもらったら嬉しいのかさっぱり分からないよ」 「なに、まだ買うのかよ」 呆れたように割って入るのは賢木だ。葉が下げているいくつもの紙袋を眺めてうわあ、と口を開けてみせる。 当たり前だ。パンドラにどれだけの人数の女性が在籍していると思っているのか。 「ていうかにーさんだってお返しのプレゼント大量に必要なんじゃねーの?締まりない下半身のせいで」 「ぷっ」 にやにやしながら言う葉の隣で、兵部がぷっと吹き出す。 「失礼なやつだなおまえら……。そんなこと言ってっとアドバイスやらねーぞ」 「なんだよアドバイスって?」 首を傾げる兵部に答える前に、賢木はなんだか遠い目をして思いを巡らせている親友の腕をひっぱった。 「皆本、もうそれはいいから」 「あ、ああ。うわあ!兵部!?」 「やあ」 軽く手をあげてにっこり微笑んで見せると、皆本は盛大に顔を引きつらせ、何か言いたげに賢木を見て、やがて疲れたように嘆息した。ここで逮捕劇を繰り広げる気はないらしい。というよりも何だか気が抜けている。 「いやこいつらもホワイトデーのプレゼント買いに来たんだってよ。そんであれだろ、紅葉ってあの、背の高いサングラスかけたねーちゃんだろ」 「そうだよ」 あの年頃の女の子は何が欲しいんだろう?と最も経験豊富だろう賢木を見上げると、彼は腕を組んで真面目な顔をした。 「趣味が分からんからな、普通は香水とか、ピアスとか、ネックレスとか」 「さっきアドバイスくれるって言ってなかった?なんだよその適当な返事は」 かすかに頬をふくらませて上目遣いで睨む。 「そもそもそういうの送るのって付き合ってる彼氏とかじゃねーの?身内にそういうのプレゼントするもんなのか?」 よく分からん、と葉は首を振った。長年共にいる姉のような存在だが、今まで彼女にそういう飾り物やらを贈ったことはない。たまにすれ違うといい匂いがするから香水を全くつけないというわけでもないだろうが、詳しくないので何を買えばいいのか分からない。それは兵部も同じだろう。まさか石鹸水をあげるわけにもいかないし。 「だからさ」 ひらひらと手を振りながら、賢木は後ろのフロアを振り向いて指をさす。 「ああいうのは?」 「……賢木」 再び、疲れたような皆本の重いためいき。 兵部と葉は同時に賢木が指示した方を見やって、顔を見合わせた。 「下着?」 「そうそう。あのねーちゃん割といいスタイルしてんじゃん。ブラとショーツとガーターの三点セットとかどうよ」 あれとかいいかも、とためらいもなく女性下着コーナーへと歩み寄って、マネキンの前でうなずく。赤い布にレースが縁取られたブラをまじまじと見て、値段を確認しひょえええ、などと驚いて笑った。 「たっけー。なんで女性ものの下着ってこうも高いんだろうなあ」 「知るかよ。ていうかそれは無理。却下」 「なんで」 これもいいぜ、ともう一対のマネキンを無理やり引き寄せて、豹柄の派手なブラをぴんと弾いた。非常に悪目立ちしている。売り場を見ていた店員や女性客らがこちらを見てひと睨みしていく。無理もないだろう、なぜならスーツを着た若いサラリーマンと見るからに軽薄そうな男とあまり興味なさそうな青年と学生服の集団が堂々と女性下着売り場で品定めしているのだ。明らかに不審者である。 「おい、もう行こう」 「なんだよ真っ先にここへ来たの皆本じゃん」 「だから違うって!通りかかっただけ!!」 急に恥ずかしくなったのか、皆本は小声で叫ぶという器用なことをしながら賢木の肩をこづいた。 「で、おまえらはどうすんの。俺はあのねーちゃんの趣味までは分からんし」 「そうじゃなくて。趣味の前にサイズが分からない」 「え?」 「なにが「え?」だよ。普通知らないだろ。それともこういうのって適当でいいわけ?」 「適当でいいわけないだろ……」 ぼそりと兵部が呟く。 「なんだサイズ知らんのか」 「知るわけないだろ!!あーもういい。君のアドバイスを期待する方が馬鹿だった」 やっぱりもう一度地下に降りて高級洋菓子を買おう、ときびすを返した兵部に、葉は走り寄りながら彼の腕を掴む。 「少佐が一緒に風呂入ろうって言えばいいんじゃね?」 「あ、なるほど」 たぶんおそらく、紅葉はにっこり笑ってOKするだろう。小さい頃から面倒を見てくれた外見美少年の中身おじいちゃんには隠すものなどなにもないのである。 うらやましい、という呟きが後ろから聞こえた気がしたが、ふたりは聞こえなかったふりをして、今夜は久々に四人でお風呂に入ろうか、とうなずきあう。 「いや、一緒に風呂に入らなくても、サイズ教えてって言った方が早いんじゃ」 皆本の呟きは甲高い声で店員を呼ぶ女性客の声に吹き飛ばされ、ざわめきとともにかき消されていったのだった。 |
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「少佐、こちらですか」
リビングのドアを開けて真木が入ってくるのを、兵部はうるさそうに手をふって答えた。目は大画面の液晶テレビをじっと凝視していて、邪魔をするなと無言の圧力を視線を合わせることなくかけてくる。 仕方なく真木は腕に抱えたノートパソコンをテーブルに置き、手に持っていたファイルも置いて部屋の隅の椅子に腰かけた。 見れば兵部のほかに紅葉と澪、カズラも食い入るようにテレビ画面に夢中になっていて、真木が入ってきたことすら気づいていないようだ。 日曜日の真昼間に何を見ているのだろうとつられてテレビを見れば途端に始まるあやしい男女の濡れ場が始まり慌てて立ち上がる。 「ちょ、何見てるんですか!こんなの子供の見るものじゃありませんよ!」 「うるさい!」 「黙っててよ!!」 ぴしゃりと兵部と紅葉に怒鳴られ、真木はわなわなと震えながら唇をかんだ。子供の情操教育に悪い、とまっとうな意見を言ったつもりだったのになぜ怒られなければならないのだろうか。 『奥さま……!』 『ああ、だめよ、書斎には夫が』 『大丈夫です。旦那様はスケジュールではあと一時間は電話会議から逃げられませんから』 『さすが有能な秘書だこと。……ふふっ。あら、あっちの方も有能なのね』 「なーにが有能なんだァァァァァァァ!!」 「うるさい!」 思わず頭を抱えて怒鳴ってしまった真木を、今度こそ兵部がぶち切れてひょいと指をふった。と同時に真木の視界がぶれて、一瞬のうちに外の廊下へテレポートで放り出されたことに気づく。 「す、すみません」 おずおずと謝罪しながらうつむいて再びリビングのドアを開く。 まだ濡れ場が続いていたらどうしようと顔を赤らめながらそっとテレビをチラ見すると、どうやら艶っぽいシーンは終わったらしい。ほっとしながら物音をたてないようにさきほどの椅子に腰をおろす。また邪魔をすれば今度は海の中へ放り込まれるに違いない。 ドラマの中では、今度は視点が変わり冴えない男がくたびれた様子でネクタイを緩めて溜息をつくところだった。ストーリーは全く分からないが何となく真木はこの男に同情したくなる。 『ふう……』 『あら、おかえりなさいあなた』 『ああただいま。そうだ、明日社長のご自宅へ夕食に招かれたんだ。君も一緒に』 『あら嬉しいわ……』 にやり。 妻らしい、恐ろしく美人だがそれを上回る意地の悪い笑みを浮かべた女優がぺろりと赤い唇を舐める。さきほど若い男といちゃついていた女だ。 (……もしかしてこれ、毎日やっている昼ドラの再放送なのか?) 放り出してあった新聞を手にとって番組欄を見てみると、思った通り平日の昼にやっている主婦向けのドラマを一週間分、二時間半ぶっ続けてリピート放送しているらしい。なるほど昼間働く女性層のためのありがたい配慮なのだろう。 とは言え、実は真木は兵部も紅葉も、毎日これを欠かさず見ていることを知っている。どんなに重要な仕事が入っても必ず決まった時間にはここへ戻ってしまうからだ。おかげでふたりが動く必要のある仕事は平日の午後一時から一時半までの間に入れられないことになっている。たとえ無理に言い聞かせたところでふたりが従うはずがない。無駄である。だから、無駄な努力は早々に放棄しちゃった真木なのであった。 そうこうしているうちにドラマはそろそろ終わりらしい。まるで通夜を実況しているかのような重々しい女性のナレーションがやたらバイオリンが耳につくBGMに乗って流れてくる。サスペンスドラマかと勘違いするほど、『果たして!』だの、『そのとき!』だのやたら煽るものだから、真木はそろそろ真犯人の登場なのだろうかと考えたほどである。 「あーおもしろかった」 「えーもう終わり?」 ううん、と背筋を伸ばしながら澪とカズラが言う。 「あれ絶対あの旦那さん気づいてるよね」 「分かんないわよぉ」 澪がぴっと指をたてるのに、紅葉はサングラスをかけなおしながらチチチと舌をうった。 「男は鈍感ですもの。頭のいい女が何人と浮気してたって分かるものですか」 「えええー。でもでも、社長は部下の妻だって分かってて手を出してるんでしょ。フェアじゃない!」 「元愛人の体が忘れられなかったのね」 「こらぁぁぁぁぁ!!」 しれっとすごいことを言ってのけたカズラに、今度こそ真木はレッドカードを出した。 「少佐も紅葉も何ですか、こんなの中学生に見せるものじゃないですよ!」 「子供扱いしないでよ真木さん」 ぷう、と澪とカズラが頬を膨らませて抗議する。 眉間に深いしわを刻む真木を振り返って、兵部はにやにやしながら、言った。 「真木は純情だなあ」 「ベッドシーンで顔真っ赤にしちゃってかーわいい」 ばっちり気取られていたらしい。 ぶるぶる体を震わせながら顔を赤らめた真木を見ながら、兵部と紅葉はくくく、といやらしい笑みを浮かべて、今日一日のからかいのネタができたことを喜んだ。。 |
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